2011年10月28日金曜日

子どもの基本的人権を踏みにじりIQの具体的数値を公表 知能指数主義の導入を教育に引き入れる滋賀大学教育学部窪島務氏の「堕落」


明らかにされていない特別支援教育への変更
 特別支援教育の対象外となる子どもたち

 西氏は、
 中央教育審議会の答申『特別支援教育を推進するための制度の在り方について』(2005年・平成17年12月8日)、学校教育法等の一部を改正する法律(平成18年法律第80号)」が2006年(平成18年)6月21日に公布され、2007年度当初(平成19年4月1日)、公布直後の事務次官通達(2007年7月18日付け、18文科初第446号)、参議院文教科学委員会及び衆議院文部科学委員会の議録などなどを詳細に熟読し、分析・研究して以下のようにのべている。

 以上をみる限り、特殊教育がなぜ特別支援教育に変更されなくてはならないのか、必ずしも明確には示されていない。
 単純な疑問として言えば、たとえば不登校の子どもについても、当然特別な教育的支援が必要となることは誰しも認めるであろう。
 であるならば、全国に13万人もいるとされるそのような子どもたちも特別支援教育の対象となるのかどうか。


窪島氏が、それまで研究対象としてきた
  「不登校の子ども」特別支援対象外か

 「学力テスト」の実施が最近では大きな問題となっているが、そこで望ましい結果に到達していなかった子どもたちの教育的ニーズに応える特別支援教育は必要とならないのか。
 障害児もその障害に応ずる形での特別な支援が必要であるが、他方、障害児でない場合にあってもまさに個々のニーズに応じての特別な支援が必要となるのであり、いずれの場合においても素直に考えるならば当然「特別支援教育」となるであろう。


という問題を提示している。
 この点では、窪島氏が、それまで研究対象としてきた「不登校の子どもについても、当然特別な教育的支援が必要となることは誰しも認めるであろう。」という問題を曖昧にしているのとは違い、西氏は、鮮明にしている。


軍事目的で開発された知能検査を再評価する窪島務氏の意図

 さらに西氏は、

 なお、知能テストは、最近では「発達テスト」と呼ばれることが多いのであるが、もともと知能テストは第一次世界大戦を契機に世界中に広まったものである。
 それは、「徴兵検査」において多数の者を時間をかけずにその能力を測るという要請に応えるものとして採用されたのである。
 つまり、能力により、軍隊内で配属部署を振り分ける効率的方法として用いられたのである。
 その過程においては、当然個々人の生育歴や嗜好、興味・関心といった諸特性は無視されたのである。
 そうした相対的評価による振り分け、という知能テストの用いられ方に対する反省から、まさに「子ども一人ひとりの教育的ニーズ」を把握するための一助として活用しようとする姿勢を示すために、その内容や実施方法は同じであっても「知能テスト」ではなく「発達テスト」と言い換えてきているのである。


子どもの発達の源泉と教育の役割の相違

 1956年にコスチュークが「子どもの教育と発達との相互関係について」という論文を『ソビエト教育学』に発表した。
 その後、1958年のザンコフの総括論文「教育と発達の問題について」に至るまで、誌上討論が展開された。コスチュークはまず、どのような環境の下でどのような教育が行われるのか、このことが子どもの発達において決定的・主導的役割を果たすことを確認する。
 しかしながら、子どもの発達は環境や教育から直接的に導き出されるのではない、それらは子どもの発達の源泉であって、発達を生みだす原動力となるものはそうした外的条件と子どもの間に生じる内的矛盾である、とした。
 そのような内的矛盾から生じる子どもの自発的・主体的な自己運動を、引き出し、方向づけ、開花させるのが、つまり教育の仕事であるということになる。


「子どもの発達の源泉であって、発達を生みだす原動力となるものはそうした外的条件と子どもの間に生じる内的矛盾である」
「そのような内的矛盾から生じる子どもの自発的・主体的な自己運動を、引き出し、方向づけ、開花させるのが、つまり教育の仕事である」


と論じている。

教育とはなにか、と踏まえない「教育」?

 この点で窪島氏が『「教育実践学の再構築と しての臨床教育学「特別ニーズ教育」の観点から』では、一切触れていない、子どもの発達の概念やその源泉について西氏は論じている。
 発達障害。読み書き障害。書き障害。読み書き困難などなどを主張するなら、西氏のように発達と教育の本質も述べるべきだろう。
 だが窪島氏は、教育とはなにか、教育の役割とはなにかも明確に書いていないことは先に述べてきた。


子どもの教育を考えない「自己絶対肯定感」

 しかし窪島氏は、

 川合が,発達の原動力すなわち「欲求,要求の成立」を「内的条件と環境との間の矛盾等の内部への転化」 と見ていることである。
  これを外的矛盾の内在化論いわゆる内化理論として外在化理論に対置して批判するのは早計に過ぎるであろう。この転化の次元が教育実践にとって重要な意味を持っていることは疑いないのである。
 問題(ニーズ)に即するとは,教育の場における教師と子どもとの実践的関わりにおいて,子どもの人格発達を子どもの内面からとらえていく視点に他ならないと筆者は考えている。
 教育学において臨床が強調される所以は個々の子どもの自由と安心や信頼に基づく自己意識,自尊感情,自己肯定感などとして語られるその基盤(深層といってもいい)への着目である。

として、「子どもの自発的・主体的な自己運動を、引き出し、方向づけ、開花させるのが、教育の仕事」ではなく、教育実践は未来志向的な構えを相対化して,子どもの今を肯定し,安心と自分自身と他者に対する信頼を再構築しなければならない。

と子どもの肯定感だけを強調し、子どもの発達のための教育の役割を肯定していないのである。

配慮のまったくないIQの数値の具体明示

 さらに窪島氏は、西氏が述べる知能検査による知能知数を具体的にあげて例示する。
 窪島氏は、「事例 アスペルガー症候群と書字困難の併存」( 国民的課題としての発達障害問題-読み書き障害など学習障害を中心に- )として、初診時小学校2年女をとりあげ、その家族関係、医師の診断などを具体的に書き、IQの数値を2年、4年と具体的に書いている。
 そして最近の様子を具体的に書いているが、この事例でなぜ、IQの数値を具体的に書く必要があるのか理解できない。
 彼は他のところでもIQOOOだが…と具体的数値を書いている。
 このように彼は、IQの数値に依存しているが、IQの数値に対する彼の評価はまったく書かれていない。
 それにもかかわらず、子どもたちのIQを具体的に書く。
 そこには、検査対象となった子どもへの配慮があるとは思えない。


消された 検査はあくまでも「手がかり」であり
これらを参考にするけれど、教育そのものではない

 かって彼は、西氏のいう「発達テスト」や「発達診断」などを教育の場ですることを批判していた。
  窪島氏は、これらの検査はあくまでも「手がかり」であり、教育はこれらを参考にするけれど、教育そのものではないし、教育に含まれるものではない、と言うのが論旨だった。
 だが、彼はIQをさかんに採り入れてきているのが最近の状況であり、彼の書いている文章にしばしば登場する。

 教育の現場では、対象となる生徒への配慮から教師はその生徒が特定できる記述は書かない。
 ましてや成績が、数学は○○、国語は○○であったとか、テスト点は○○であったとかは具体的に書かない。


 だが、窪島氏は、平然とIQの具体的数値を「公表」している。
 大学教授だから、研究だからとしても許されない。


予算の削減が目的のアメリカのインクルージョン政策 日本でも近いうちに同じことが急浮上する


 『聴覚障害』誌2007年6月号に
「特別支援教育という構造改革に聾学校がどう立ち向かうか」
というテーマで愛知教育大学の都築繁幸氏が重要な問題を提起している。

「特別支援学校」に改められたのは
  政府の財政改革の一環であり、政治主導

都築氏は、
 2007年4月1日から特別支援教育体制への制度的な整備が行なわれ、これまでの「盲・聾・養護学校」が「特別支援学校」に改められることになった。
 今回の一連の教育改革は、政府の財政改革の一環であり、政治主導によってなされた。800兆を越す政府の累積赤字は、事実上の財政破綻とも言えるべきものである。


アメリカの現実を「空想的だ」と言っていた人々

 私は、1984年から86年にかけて米国で生活していた。

 時の米国政府は、双子の赤字に対処するために必死であった。
 その2年間、米国内の多くの聾学校を視察した。
 聾学校のセンター化、個別の教育支援計画、聾学校の統廃合等の海外情報を国内に流しても聾学校関係者や聴覚障害の研究者は、ほとんど無関心であった。
 その後、1989年、1990年に米国を訪れた。
 それらをまとめて「21世紀の聴覚障害児教育をめざして」という小冊子を全国心身障害児福祉財団・難聴児を持つ親の会から1991年2月に刊行した。
 その中で「聾学校機能拡大論と聾学校機能併設論」という観点から聾学校の存在理由を考察してみた。
 当時の校長会(注:聾学校校長会 )のある先生や教育界のOBの先生は、
「本当にそうなるのか、空想的だ」
と話されたことを思い起こす。

北米に追随する日本は同じ道をたどる

 そして1993年から3ヶ月間、カナダの多くの聾学校を視察した。
 聾学校の閉鎖問題が相次いでいた。
 1990年当時、今日の我が国の教育改革を誰が想像していたであろう。
 「日本は金持ちだ。聾学校は維持できる」

と当時の関係者は、予想していたし、外国は外国、日本は日本というスタンスであったように思う。
 我が国の教育界が北米を追従した政策をとっている限り、聴覚障害教育にあってもやがて北米と同じ道、すなわち、聾学校の規模縮小という道をたどることは必至であろうと思っていた。


数年後に「特別支援教育」の本質は急浮上する

 今回の法改正により、制度上の名称は、「○○立○○聾学校」から「○○県立特別支援学校」となったが、通称として、従来の名称である「○○県立○○聾学校」を使うこととしている場合が多い。
 そのためか、教育関係者の中には、「何も変わらない」と思っているようだ。
 聾学校卒業生の中には、「母校がなくなる」、「『ろう』という言葉を残して欲しい」という要望が見られるが、国民的な関心を引いていないし、運動も盛り上がっていない。  

 ここ数年は、大きな変化はないかもしれないが、10年後には問題は急浮上するであろう。

2017年頃に新築養護学校の校舎の耐用年数が切れるときに

 1979年に養護学校の義務制がなされ、多くの養護学校が新設された。
 2017年頃には各地で当時、新築された養護学校の校舎の耐用年数が切れる時期にさしかかる。 
 2007年問題は、団塊の世代の退職問題で揺れたが、2017年問題は、特別支援学校の建設問題で揺れるであろう。
 事実上の聾学校の統廃合問題に直面する。


アメリカのインクルージョン政策は
「通常教育主導主義」を根拠に予算の削減が目的

 先人は、聴覚障害児が社会で活躍できるよう労苦を惜しまず、邁進してきた。
 それは確かである。
 米国では、インクルージョン政策を採用している。
 盲・聾・養護学校が莫大に使っている予算を削減をするのに都合の良い「通常教育主導主義」を根拠に連邦政府が進めている。
 盲・聾・養護学校から通常学級に予算を回したいのである。


「アメ」と「ムチ」のアメリカ 「アメ」のない日本

 米国独特の手法である「アメとムチ」の政策である。
 右手に障害者の統合政策というアメ、左手に予算削減というムチを同時に出している。
 我が国においては、理念としてアメは提示されているものの現実はムチのみである。
 というのも「援助付き統合教育」を推進していないからである。


 「特別支援教育」は、崇高な理念が唱えられているが、我が国の財政破綻の危機を乗り越えるために生まれたと言っても過言ではない。


 都築氏の指摘は、極めて具体的で明解である。
 教育行財政の分析もある。
 そればかりか、実際にアメリカに行き調査・研究した立場からアメリカにおけるインクルージョン政策の目的を明らかにしている。


 何故こうも窪島氏の賛美とまったく異なって来るのであろうか。

 800兆を越す政府の累積赤字と事実上の財政破綻を考えないで、「特別支援教育」は、崇高な理念が唱えられていることを信じているからであろうか。

2011年10月27日木曜日

臨調・行革から出された財政削減のための特別支援教育論


西信高氏の論理的分析は、文部科学省が打ち出す方向の本質を突いたものである。
この分析をよく読むと、窪島氏がいかに文部科学省の「代弁」をしているかが良くわかる。
これらの文章を熟読した西信高氏は、次に最も重要な国・文部科学省などの本質を露わにしている短文を見逃しはしない。


既存の特殊教育のための人的・物的資源の配分の在り方
について見直しを見抜くかどうか、で決まる
 臨調・行革から出された財政上の特別支援教育


西信高氏は、特に次の点に注目している。
 第1章の締めくくりとして
「近年の国・地方公共団体の厳しい財政事情等を踏まえ、既存の特殊教育のための人的・物的資源の配分の在り方について見直しを行いつつ、また、地方公共団体においては地域の状況等にも対応して、具体的な条件整備の必要性等について検討していくことが肝要である。」


という文章があるが、特別支援教育にかかわるさまざまな問題を考えるうえでは、この文章は見落とすことのできないものである。
財政問題が本文中でこのように強調されることは、従来の答申や報告にはなかったことである。
これは、言うまでもなく2001年(平成13年) 4月に発足した小泉内閣によって急速に深化することとなる
「構造改革」の一環をなすからである。


臨調・行革・財政・障害者自立支援法


この「自立」は、その後の障害者自立支援法に引き継がれるている。
この法律に対しては、国会上程・審議の段階から、障害者に関連する多くの団体が強く反対した経緯がある)。
応「益」負担の問題等々が指摘され、「自立阻止法」とも揶揄されたのである。
そして政府は法の成立後、このような世論に押される形で負担の軽減策をいくつか打ち出している。




窪島氏が読むべき「重大部分を読み込む」


西信高氏の論理的分析は、文部科学省が打ち出す方向の本質を突いたものである。
この分析をよく読むと、窪島氏がいかに文部科学省の「代弁」をしているかが良くわかる。
これらの文章を熟読した西信高氏は、次に最も重要な国・文部科学省などの本質を露わにしている短文を見逃しはしない。


窪島氏が、文科省、等行政の基本姿勢が不合理として、「予算も人材も増やさず」と簡単に付け足しに書いていることを西信高氏が、同じ障害児教育学の立場から「予算も人材も増やさず」「予算を削る」ことが本質であると見抜く。


西信高氏は、窪島氏と同時代障害児教育研究をすすめてきたが、この「大きな落差」はどこから生じてくるのか次第に解明されていく。


特別支援教育は、学校統廃合のため


後にふれるが、文部科学省が特別支援教育を打ち出した時に、病弱学校、盲学校、聾学校、養護学校の順で学校の統廃合をすすめている計画を打ち出している。
これらの計画は、1960年代から文部省(当時)がすでに打ち出したもので、養護学校義務制を打ち出した時点で、養護学校の義務制で「重度障害児」の教育問題は整理されたとした。


そして、次に来るのは、普通校に在籍する「軽度障害児」だとして調査・検討をはじめたが、そこに「臨調・行革」が覆い被さり、名称の変更と学校(障害児学校も普通校も)統廃合が加速したことは、障害児教育研究を真摯にすすめている研究者なら知っていた。


国の財政破綻の危機と財政削減のため
 つくりだされた特別支援教育


これらのことは、すで聴覚障害児教育関係者はもちろん研究者の中では、1960年代から問題にされていた。