2011年10月27日木曜日

混乱というほどの抜き差しならない状態に陥っている特別支援教育


 特別支援教育指導として普通校に来る教師の少なくない実態は

 ある普通校へ特別委支援としてやってきた障害児学校の教師が、アスペルガーの生徒の指導について詳細に提示し、その指導を教師に求めた。

自分が実践していないから言える「特別支援教育」

 教師たちの中では
「そこまでの取り組みは、とても無理だ。」
という呟きが広ろがったが、管理職の厳しい眼差しの前で何も言えないでいた。
 その時、ひとりの教師が、
「先生の詳細な指導についてのはなしがありましたが、先生のその生徒たちへの実践の取り組みを話していただけませんか。」
と問いかけた。
 すると、
「私の学校にはそのような生徒はいません。」
「だから、私はそのような実践をしていません。」
と答えが返って来た。
 そこで、質問した教師は、
「では、先生のおっしゃったアスペルガーの生徒の指導については、何を根拠にしていっておられるのですか。」
と尋ねると
「本に書いてありました。」
との返事が返ってきた。
 そこでさらに、質問しようとすると、周りの教師から
「もういいでは」
「どっちみち、やれるはずないこと言っているのやから」
「出来ないとわかって,来たというアリバイづくりで点数稼いでいるのだから。」
と多くの教師が引き留めた。
 その質問した教師は、特別支援教育としてやってきた教師の障害児学校に長く勤めていて、子どもたちのことは充分知っていたが、管理職も特別支援教育指導にきた教師も、そのことすら知らなかったのである。


「形だけ」の「おざなり」の特別支援教育でも
  取り組んだことになるからと管理職

 「形だけ」の「おざなり」の特別支援教育でも、取り組んだという「こと」だけでいいのだ、と普通校の管理職が質問した教師に言い放ったのである。
 これらの事例は、数え切れない程ある。
 上から言われるから、ともかく校内研修をやらなければ……となって生徒たちのことを考えているようで、生徒たちを脇にやることがすすめられている。


混乱というほどの抜き差しならない状態に陥っている

 さらに西信高氏は、次のことをも指摘している。

 また別の例を挙げるならば、適正就学に関連しても、障害の「診断」は医師がするものであり教員は関わらないとする考えも根強いものがある。
 医学的診断は、言うまでもなく医師が行う。
 しかし、ADHDやLDと診断された子どもで、心臓病や腎臓病その他の重篤な内部疾患の場合のように、医師からその病院に「入院」するように言い渡された子どもは果たして何人いるのか。
 まさに各方面の専門家との連携のもとで、乳幼児期から学校教育修了後までを見通した中でのそれぞれの時点でのきめ細かな「教育的」診断が、日々の実践に不可欠なものとして強く求められているのである。
 「特別支援教育」は、混乱というほどの抜き差しならない状態に陥っているのではないが、いまここに挙げた例に限らずなお多くの問題をその内部にはらみながら進行している状況にある。


説得力のない なぜ今、「特別支援教育」か

 そして西信高氏は、『今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)』(2003年3月答申)などを分析・検討して以下のことを指摘する。
 この「概要」では、「特殊教育」を「障害の程度等に応じ特別の場で指導を行う」というように、教育の場、つまり物理的空間に着目して定義している。
 しかしながら、「特別支援教育」については、そのような「場」は問題にせず、「障害のある児童生徒一人一人の教育的ニーズに応じて適切な教育的支援を行う」こととされる。
 論理的整合性は図られていない。
 実際、子どものニーズに応じて「特別の場」すなわち障害児のための学校が必要となる場合もあるのであり、それゆえに特別支援学校として存続させるのである。
 この報告の本論をみると、なぜ「特別支援教育」かといえば、対象の拡大、教育の場の多様化、教育目的としての「自立」の強調、地方分権化のもとでの教育委員会の役割の変化、これらが従来の「特殊教育」では包含できない内容として現れているため、と解釈できる。


 しかし、これとてもやはり説得力には欠けると言わざるを得ない。

 

滋賀大学教育学部窪島務氏はファシズム(fascismo・fascism)の復活のようなハイスピード化を賛美


さらにそして、西信高氏は、島根大学教育学部西信高氏は、

 用語の成熟度如何に関わらず、現実はハイスピードで進行している。
 2001年1月には、文部科学省では、障害のある児童生徒の教育を担当する課であった「特殊教育課」が「特別支援教育課」へと再編された。


 島根県では2002年、松江市では2001年、それぞれ「特殊教育室」を「特別支援教育室」へと組織名称の変更を行っている。
 そのほかにも例を挙げれば、新たに提起された「特別支援教育コーディネーター」も、ごく短時日の間にすでに各学校に配置済みといった状況がみてとれる。
 障害児にかかわるさまざまな問題を、まさに権利の総合的・統一的保障の観点からコーディネートする教員の配置は当然必要ではある。
 しかしながら、「特別支援」ということばをかぶせることの合理性と科学性については、それなりに慎重な検討が不可欠と考えられる。


特別支援教育のハイスピード化にある
 ファシズムの復活を思わせる恐怖

 さらにまた障害児学級の廃止についても、実際に現に実践を進めているその担任が反対を唱える動きも、一部には見られたものの必ずしも全国的なうねりとなったわけでもない。

 このように、いわばこれまでの障害児教育の蓄積を十分に吟味する暇もなく精算し、いとも簡単に政府の提起に従う傾向について、個人的には全体主義の復活を思わせるようなある種の恐怖心を感じている。
格差と矛盾が増大する
特別支援教育と窪島務氏の「墜落方向」

 たしかに、西信高氏の指摘しているように特別支援学校と普通校における特別支援委員会等の設置は、かってないスピードでつくらされた。
 そのため、少なくない普通校では特別支援教育の対象が「ADHD・LD・Asperger」に限定され、それまで対応されていた障害生徒や病弱な生徒は、特別支援教育の対象外とされて行っている。
 また、多くの学校では管理職から「指名」された「特別支援教育コーディネーター」が、なにか新しい特別職、特別任務化のように振る舞っている報告も多い。


文書をよほど熟読していなければ内容を誤解もしくは曲解

 さらに西信高氏は、次の点を指摘する。

 文部科学省関連の文書をよほど熟読していなければ、まさに時々刻々変化する情勢に対応できなくなる。
 現場の多忙化がますます進行する現状の下で、文書を直接読まずにただ伝達だけを受けて、そして内容を誤解もしくは曲解している例も散見するのである。


 彼は、現在の学校現場を直視していることは、多くの例が物語っている。
 しかし、窪島氏はこれらの問題について一切書いていない。
 そればかりか、彼が評価する実践例を行っている教師に対して、学校内の教師からの批判は少なくない。

 ようは、その教師は窪島氏の言う通りや彼の言う枠内での取り組みをして、学校内の取り組みをしないからである。
 また彼が評価する教師は学校では、保健室閉鎖を是認し、養護教諭が保健室にも行けないようにしている。
 文部科学省の特別支援教育研究指定校が終了した学校に行って研究発表するのは文部科学省の追認研究ではないか、などなどのことが報告されている。
 窪島氏は、学校全体や教師たちの状況を見ない。


 
それとは対照的に西信高氏は、

「文書を直接読まずにただ伝達だけを受けて、そして内容を誤解もしくは曲解している」
と具体的問題点をあげてている。

同じ免許状の所持者が
「支援する側」と「される側」に格差づけられる

 さらに西信高氏は、窪島氏が思いつかないような重要な点を指摘する。
 「地域の特別支援教育のセンター的機能」もそのような例の一つである。
 従来障害児学校の多くは都道府県立であるがゆえに、市町村立の小・中学校とは制度的にも機能的にも日常的なつながりは必ずしも緊密ではなく、それでも特に支障が生じない状況があった。
 しかしながら、今後は「小・中学校等の教員への支援機能」「小・中学校等の教員に対する研修協力機能」が求められるものとされている。
 同じ免許状の所持者であっても、その勤務する学校種別により、支援する側とされる側に格差づけられるという問題も指摘できるのであるが、いずれにせよ、障害児学校教員の意識と姿勢の大転換が求められているのである。
 それほどの自覚と責任が障害児学校に満ち、共通認識となっているがどうか。

 時折、障害児学校の教員から、小・中学校の教員は障害児学校についての理解が乏しいとする批判も聞くが、今後はそれは障害児学校側の努力不足によるのであるという点にむしろ重きが置かれることになる。

一対一かあるいはそれに類似する手厚い教員組織の
障害児学校で長年過ごした教員が
一人の担任が複数の障害児と向き合う
障害児学級の担任に
あるいは通常学級の担任に
いかなる「支援」をおこなえるのか

 また、具体的な授業場面では、一対一かあるいはそれに類似する手厚い教員組織の障害児学校で長年過ごした教員が、一人の担任が複数の障害児と向き合う障害児学級の担任に、あるいは通常学級の担任にいかなる「支援」をおこなうのか。
 こうした課題がまもなく現実のものとなろうとしているのであるが、身近には必ずしも学校側からの切迫感が感じられない。

 まさに、これらのことが今教育現場で如実に現れている。

予算も人材も増やさないこと、そのためのに特別支援教育が打ち出されてきた


 「予算も人材も増やさない」ために特別支援教育が打ち出されてきたことすら、彼は理解できないのでいる。
 特別支援教育は、「予算も財源も増やさない」ことを基底に組み立てられている。
 窪島氏は、文部科学省の特別支援教育の各種文章を読破した上で上記のようなことを述べているのか、それとも文部科学省の特別支援教育の各種文章が読解出来ないのか、そのどちらかである。


相互に交流され広がり、高まり、学び合い、教育に還元された

 さらにもう一つ明らかにしておかなければならないのは、盲教育やろう教育や養護学校教育が義務化されたから、すべての障害児が障害児学校に入学させられた、入学出来たわけでもない。
 すべての障害児に教育を受ける権利があり、それが教育実践として障害児学校のみならず普通校でも証明されたばかりか、相互の教育実践が影響し合い教育実践の広がりと発展が野火のごとく広がっていったことも明らかにしておきたい。

 また障害児学校以上に普通校で障害児が学んだ、それに対する何の保障もないまま必死に教育実践に取り組んだ教師や学校が天空の星のごとくあったこともこの際あきらかにしておきたい。
窪島氏は天空を見ないで夜中の地面を見ていたのかも知れない

問題点と教育展望をハッキリさせた島根大学教育学部西信高教授の論文

 窪島氏の考えに対して島根大学教育学部西信高教授は、すでに特別支援教育の問題点を研究分野からも教育実践分野からも明確に書いている。
 以下、島根大学教育学部西信高教授の「特殊教育から特別支援教育への移行における諸問題Ⅰ 」~ 障害の定義と診断および教育と発達の相互関係~ (教育臨床総合研究6 2007年研究)と対比させながら、窪島氏の「改変」について述べる。


「教育は百年の計」が2年で変更

 西信高氏はまず以下のようなことを明らかにしている。順次述べて行きたい。
 従来の「障害児」教育は、その法令上の定義、制度、実際の運用において、ここ最近非常にめまぐるしい変化にさらされている。
 2001年1月15日、「21世紀の特殊教育の在り方に関する調査研究協力者会議」は『21世紀の特殊教育の在り方について~一人一人のニーズに応じた特別な支援の在り方について~ (最終報告)』(以下、「2001年1月報告」) という報告を出した。
 まさに「教育は百年の計」といわれるように21世紀を展望しているかのようなタイトルとなっている。


たった2年で何の理由もなく特別支援教育の名称が

 しかしながら、その2年後に出された、「特別支援教育の在り方に関する調査研究協力者会議」による2003年3月28日付けの答申『今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)』(以下、「2003年3月報告」) では、「特殊教育」は消え、「特別支援教育」となっているのである。
 わずかの期間のうちに、そもそものおおもとをなす基本的呼称が「特殊教育」から「特別支援教育」へと変わっているのである。


と僅か2年間のうちに「特殊教育」の名称が、「特別支援教育」となった問題点を指摘する。

長期にわたる国民の意識の変化を反映させた
「精神薄弱」が「知的障害」の名称変更と比べてみても

 そして、西信高氏は、

 1998年(平成10年) に「精神薄弱の用語の整理のための関係法律の一部を改正する法律」が成立し、公的文書において「精神薄弱」が「知的障害」に改められることとなったが、これについてはそれまでの長期にわたる国民の意識の変化が反映されていた。
 つまり、一般的に「精神薄弱」という言い方は差別的な語感を含むものであるとの認識が長い年月をかけて広がっていたのである。

 しかしながら、これに比べれば、「特殊教育」から「特別支援教育」への移行は、そうした世論の成熟という点ではかならずしも十分ではない。