Once upon a time 1969
ろうあ者DさんやEさんが
「労働組合の専門的な用語が分からず、退屈で仕方がない。早く働きたい」
といっていた話をどこかで聞きつけてきたのだろう、ある日、突然、威圧的な顔をした豪腕で名の知れたろうあ者Nさんが、私たちの前に立ちふさがってきた。
おまえら ろうあ者を利用しているのに手をかしているやろ
「おまえら 労働組合がろうあ者を利用しているのに手をかしているやろ。」
「利用するだけ利用して、DやEをほったらかしにするに決まっている。」
「利用するのもいいかげんにせー」
「本気でやる気ないのに やるふりするな」
Nさんは徹底的に懐疑的で、説明すればするほど、さらにしかめっ面になった。
また 嵐が吹き荒れる という不安だけが
周りのろうあ者は、過去Nさんが幾多の問題を引き起こし、ろうあ協会から遠ざかっていて安心していたのに、また現れた。
現れて、批判の嵐が吹き荒れる。
そう思ったのだろう、Nさんの周りにはだれもいなくなっていた。
Nさんもそのことに気づいて、叫びながら帰ってしまった。
やっかいな問題の上にやっかいな人が出てきた、と思ったのはそこに
いた全員だったことが後で分かった。
そして、だれひとり、Nさんがこのやっかいな事件に力を発揮してくれるとは思いもしなかった。
ロックアウトの長期化にともなう新しい方針が出されたが
4月下旬から5月のはじめにかけて、第一組合はロックアウトしたまま新しい方針を打ち出した。
それは、
1,会社と法廷闘争を行う
2,アルバイト体制をつくり、若い独身男性が8人が会社居続けロックアウトが破られないよう監視し、ロックアウトを続ける
3,その以外の人は、アルバイトをして当面の生活費をかせぐ
というものだった。
でも、2人のろうあ者には、アルバイトなどどこも見つからなかった。
面接すらも断られた。
健聴者が想像できないほどの不安と打ち分けた胸のうち
不安にさらに不安がつけ加わった。
今まで長く働いていた職場を離れる。職場には数々の思い出と愛着がある。
二人にとって誇りある職場。
欠くことの出来ない生活の拠点。
そこを離れて、今さら他の企業に行ってどうなるのだろうか。
それは、健聴者が想像できないほどの不安だった。
手話通訳を介して組合の役員にその胸の内を打ち分けても
「他の企業にアルバイトに行ってる連中の中には、会社でもらっていた給料以上の金をもらっている奴がいる」
と言う。
そして、そのまま組合は取り組んでいる。
二人のろうあ者は、悩みに悩み続けてゲッソリとやせ細りはじめた。
そんな時、A鉄工所の近くの家に住んでいるNさんが、
「俺の家にみんな集まって、相談しようじゃないか」
と言い出してきたのである。
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