Once upon a time 1969
1969年当時。
京都府ろうあ協会は次のような基本要求をまとめて、それに基づいて京都市、京都府と要求交渉をした。
現在、その基本要求で理解しがたいだろうと思われる部分については、※印をつけて少し解説する。
ろうあ者の基本的な要求 ( その1 )
我々 ろうあ者の基本的な要求は憲法に保障された健康で文化的な経済的にも恵まれた豊かな生活を打ち立てることです。そのためには次のような政策実現を要求します。
1,職業選択の自由の保障
イ、最低賃金制の確立 働くものに必要な賃金を保障する。
ロ、ろうあ者の職域開発とその能力に必要な賃金を保障する。
ハ、職場における差別をなくし、労働条件の改善をはかる。
ニ、官公庁が卆先してろうあ者を採用し、企業への門戸を開く。
ホ、定年制をなくし、老人を街頭にほおり出さない。
※ ろうあ者の基本要求の第一に労働条件問題が出されていて、まるで労働組合のような基本要求になっている。
しかし、労働すること=生きることであり、最も優先すべき課題であった。
働いた賃金を受け取ることを要求したのは当然と言えば当然かも知れない。
しかし、Oさんがろう学校で教師から言われた
「君たちの先輩は、小さな洋服屋や織屋で、朝は早くから深夜まで、5年間は辛抱して腕をみがかねば、給料なんてろくにもらえない」
「人のいやがる仕事でも何でも、はいはいとやらねば、かわいがってもらえない」
「ミシンや機械の一部になってロボットのように不平不満を言わず黙々と働かねば、やめてくれ、と追い出されてしまう……。」
「君たちも辛抱強い人間になって、人からかわいがられるようにならねば……。」
「せめて学校にいる間、みっちり腕をみがきなさい。そのためには、今から夜なべもして着物を縫いあげられるように……」
の考えをもとに採用した会社や個人自営業関係では、労働基準法どころではなく、まさに「雇ってやるだけでもありがたいと思え」と言うことが横行して賃金すら払われないただ働き状況の中で障害者団体としてこの要求を出してきたことは、従来のしがらみを打ち切った画期的な要求であったとも言える。
この要求に対して、他の障害者団体や障害者問題研究する人々の一部から、「働けるだけでもありがたいのに……」と言う声は多く出されたが、ろうあ者の悲惨な労働実態からも、他の障害者が働く場合でも、絶対このことは譲れないという論議もされてまとめられた要求であった。
障害者の雇用の促進等に関する法律で、障害者の雇用の義務づけが強化されるのはこの要求のかなりあとである。
そのため「ニ、官公庁が卆先してろうあ者を採用し、企業への門戸を開く。」という要求も当時の状況から考えてもかなり先駆的要求であったとも言える。
2,教育の保障
イ、科学的ろう教育を確立する。
ロ、教師の身分を保障し、必要な人員を確保する。
ハ、教師の質的向上に力をつくす。専門教育の実施。
ニ、ろう教育の実態に合致する完全義務教育の実施。
ホ、成人教育の質的向上と普及に努める。
※ この教育保障の項目も実に意味が深い。
ろう教育を、経験や従来の伝習ではなく、科学的裏付けを持った教育にしてほしい。
そのためには、教師の身分保障や人員確保・専門性まで述べているのである。
この要求の背景には、Oさんがろう学校高等部生徒会長の時に起きた「授業拒否事件(授業ストライキ)」(1965年11月)の教訓もあるが、さらに踏み込んで教師や学校を批判、非難するだけではなく、Oさんも書いていたように
「先生方がろう学校の教師であることに誇りを持てる。そんなろう学校にしてゆかなければ、私たちの力はつかない、と考えるようになって行きました。」
という考えで、ろうあ協会の会員が一致したということである。
教える側の条件を十分整え、経験だけでない科学的裏付けのあるろう教育をすすめてほしい、という要求である。
当時、障害者三団体と言われた障害者団体の中で、ここまで教育条件を考えて要求はしていない。
ろうあ協会として、どれだけ論議をつくしたのか、また原因や対策を深く追求したのかがこの要求の中でも現れている。
さらに見逃すことが出来ないのは、「ニ、ろう教育の実態に合致する完全義務教育の実施。」である。
義務教育を終えたと言えるだけの教育保障を強く求めている。
形だけの小学部、中学部を終えたというのではなく、普通小学校、中学校とひとしく、義務教育を終えたと言えるろう教育をろう教育の実態を踏まえて保障するという要求である。
この要求には、必要に応じて義務教育の期間の延長等もありという意味合いもある。
Oさんが、高等部1年生に入学した時に中学校1年生の教科書を渡された。
ろう学校では、ろう、ゆえに3年間授業がおくれるとするならば、その義務教育の6年+3年の合計9年間が義務教育になる。
それはそうなのか。
それでいいのか。
どうなのか。
ろう教育の実態があるならあるで、形式的義務教育、内容のともなわない義務教育ではなく、完全に義務教育を終えたとするだけの教育保障を要求するという要求内容なのである。
すでに、未就学のろうあ者の項でふれたように義務教育をうけられなかったろうあ者、北部のろう学校建設運動、そして与謝の海養護学校設立の理念である「すべての子どもにひとしく教育を」などが、共鳴し合いながら「完全義務教育」の基本要求が出されている。
戦前、戦後を通じて、ろうあ者の切実な要求として「完全義務教育の実施」の意味は深すぎる。
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