Once upon a time 1969
私とOさんとの間で「ワンワン物語り」として、あとあとお互いの理解の基本を確認する時の「教科書」を紹介する。
聞こえる人が私をいじめて困る 自転車はパンクさせられるし
ある日、ろうあ者のCさんが自転車に乗ってOさんの所にやってきた。
「聞こえる人が私をいじめて困る。自転車はパンクさせられるし、屋根のアンテナは壊される。」
「おまけに私の愛犬まで、うるさい、と言っていじめる。」
などなどの話であった。
話をじっくり聞いたOさんはカンカンになって怒り、Cさんの家を訪ねてその様子を調べてきて、あまりにも聞こえる人がひどいことをする、と私に言った。
Cさんの聞こえないという苦しみの気持ちが分かっていない
Cさんの立場に立って考えていない
そこで少し、首をかしげるとOさんは私にくってかかってきて、Cさんの聞こえないという苦しみの気持ちが分かっていない、Cさんの立場に立って考えていない。
終いには、「あなたが聞こえるから軽く考えているのだ」とまで言い出した。
そのため「なにオー言う」とケンカになった。
どちらも引くに引けない激しい言い合い。
もちろん手話やことばでも。
そのことで疲れ切った末に「ともかくCさんの家にもう一度行こう」ということになった。
京の長屋とか、間口は狭いが奥に続く長細い家。
最近、よくそんなことが話題になるが、私はその度にCさんばかりか、多くの貧しく慎ましく生きた人々を思い出す。
犬が吠えていると手話通訳しても信じてもらえないわけ
京のやっと一人が歩ける路地を歩いた先にロの字型の小さな空間があり、それを取り巻いて小さな家がひしめき合っている。
私にとって京の町屋はそんな印象である。
Cさんの家も歩いていたら通り超してしまう小さな路地をくぐり抜けた先に数件の小さな借家がひしめき合っていた。周辺からは今は消えた西陣織機の音もひしめき合って反響していた。
なるほど、Cさんの家の戸は中から長い釘を打ち付け釘のとがった先がハリネズミのように外に出ていた。そして小さな家の外には、鉄条網がぐるぐる巻き付けてあった。
Cさんの「生きるための防衛」そのように思える光景だった。
Cさんの唯一の友。愛犬。家の中で大事に大事に育てられいえう様子も解ったが、愛犬は始終吠えていた。
「吠えているいで、」
と言ってもCさんもOさんも
「そんなことはない」「吠えてない」「口を開けてないではないか」
と言う。
ところが、愛犬はナゼか、Cさんに尾っぽを向けたときに吠えていることが解った。
「吠えている」「吠えていない」で、CさんとOさんは私にくってかかって来る。
夜の走行1週間、翌週昼の走行1週間の繰り返しでは
辛いやろうなあ ねむられんでに爆発
ともかく近所の聞こえる人の意見も聞こうと、Oさんと私は向かいの家と言っても2mも離れていない玄関を訪れた。
出てきた奥さんは、
「ぜひ聞いてほしいんです、主人が二交代のタクシーの運転手。夜勤開けは昼寝なければならないことも多く、ワンワン吠えられて眠れないのでいつ事故起こすかと心配で。」
「夏なんか、窓を閉めると蒸し風呂より暑くたまりません。窓を開けると犬が吠えてうるさくて、」
「パンクさせる、そんなことはしませんよ。とんでもない。」
Cさんの話と全く異なった話。
Oさんも驚きながらも、それでも、「夜の走行1週間、翌週昼の走行1週間の繰り返しでは、辛いやろうなあ。ねむられんで、」と言う私にうなずきながらも、怒っていた。
それが、爆発する。
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