Once upon a time 1969
「もの言えん人をつかまえたのでたのんます」突然KN署から電話があったのは丁度、秋頃の季節だったと思う。
まだまだ未熟で経験不足だった私だがは、KN署を訪れた。
困った△△店からの通報で
多くの警官がいるのに「ガラーン」としたKN署の一階の片すみに、年老いた二人のろうあ者Fさんとその愛人AM子さんがしょんぼりと座っていた。
しわが何重にも重なり、ふるぼけた帽子の間から白髪がはみでていたFさんは、私たちと視線があうと、解放されたごとくしきりに語りかけてきた。
警官は語る。
Fさんは多くの店舗のある大きな△△店に何度となく訪れ、店の主人に会わせろ、やれ△△店は自分とは親類であるとか、生活に困っているので援助してほしいなどなど手振り、身振りで絶えずやってくる。
商売上△△店の御主人は困りはて、KN署に連絡があったとのことである。
「△△店に迷惑をかけない」ということを約束をしたものの
警官はFさんの行動をしきりにたしなめ続けるが、ついつい捜査口調になり、聞こえないFさんの手話通訳している私が取り調べを受けているかのようなった。
そのため、警官からしばらく時間をもらいFさんになぜ△△店へ行くのかと聞くと、「△△店は私の親類にまちがいはない。自分は聞こえないから相手にされないのだ」と言いつづける。
警察はFさんは△△店へ行かないようにと考え、Fさんは△△店へ行くのは当然だ、と話は進展せず、時間はムダに過ぎ去る一方だった。
私はFさんとゆっくり話し合う必要も感じたし、Fさんも、いつまでも警察箸にいるのが辛くなりともかく「△△店に迷惑をかけない」ということを約束をして警察署を出ることができた。
死に際に言った実母のことばを信じ続けて生きてきた
それからが大へんだった。
Fさんの話によると、Fさんは幼少の頃、養子になり姓が変わったがそれ以前は△△と言っていた。
実の母親が死ぬ時、Fさんを枕元に呼び
「もしもお前が困った時、△△親類にたよっていきなさい」
と言ったとのこと。
だからFさんも本当の親類は、△△という姓であると心に刻みつけた。
実の母親の死に際に言った通り、困ったので△△店を訪ねたのだと言う。
けれど、△△親類かどうかぜひ、もう一度確かめてほしい、と懇願した。
結局、△△店は協力してくれて、自分たちの戸籍を次々ととり寄せてくれた。
一方Fさんの戸籍をとり寄せ、親類関係を調べたが、△△という姓は同じでもFさんと△△店の人々と血縁関係は全く無いし、Fさんの親類はすべて死亡していることが明らかになった。
ガックリと肩をおとして「本当」
何十年も以前にろうあ者が生きていくために親類をたよるしかないと判断した母親の最後の言葉。
そして、それを唯一頼りにして生きてこなければならなかったFさん。
すべてが判明した時、Fさんはもう一度「本当」と手話で語り、ガックリと肩をおとした。
その後、数回の話し合いの中で定職につけるようになったさんは、AM子さんとろうあ者同士の人間的な触れ合いを深めていった。
ところが、その後、Fさんが突然苦しみ、ひっそりと死んだ話がAM子さんから報告があった。
Fさんの生き方には多くの非難することがあるかも知れない。
が、泥沼の中で実母の死に際のことばを唯一の支えにして、黙々と生きてきたFさんの人生にかぎりない愛着を感じざるを得なかった。
0 件のコメント:
コメントを投稿