Once upon a time 1969
ある日のこと。
相談員Oさんと同行して京都府下南部の小さな家を訪ねた。
現在では見られなくなった南部の広い農村地帯。稲穂のなびくたんぼ道をOさんと探しあぐねて、ある集落にたどり着いた。
そして、その集落から少し離れた所にポッンと存在しているある小さな家を訪ね、家に入ったとたん、サーッと人影が消えた。
あらゆる責任が
その子を産んだ母親の細身に投げつけられていた
お母さんが出てきて話が始まった。
お母さんと娘の二人暮らし。
周りの家々との交流はほとんどない。
いや閉ざされていた。
聞こえないというだけでも肩身が狭いのに娘は、まともでない。身の回りも充分出来ないままお母さんは年老い、娘も年老いた、これから先のことは考えるすべもない、とお母さんは言う。
そのことばの重み。
もちろん娘さんは「未就学」だった。
生まれてこの方ほとんど家を出ることはなかったと言う。
就学免除が生きていた時代。
あらゆる事の責任がその子を産んだ母親の細身に投げつけられていた。
「なにも出来ないのか」「こんなことで人生が終わっていいのか」「人間としての可能性がある」 「家だけの人生でお母さんが死んだら、娘さんは餓死するしかない」
しばらくして恐る恐る顔を出した娘さんの顔は幼さの中に老いが混在して現れていた。
お母さんは年老い、娘も年老いた、これから先のことは考えるすべもない、とお母さんの「ことば」を胸にOさんと私はもうすぐ残されるであろう娘さんの状況を少しでも改善するために、自分の家以外にも家がある、人々がいる、社会がある。
そして「なかま」であるろうあ者がいることを知ってもらい、娘さんの未来を切り拓く道筋を探し求めてOさんと奔走したが為すすべもなかった。
「なにも出来ないのか」「こんなことで人生が終わっていいのか」「人間としての可能性がある」「家だけの人生でお母さんが死んだら、娘さんは餓死するしかない」
役所にあたっても、施設にあたっても、さまざまなところを探しても「ない」「ない」ずくめだった。
このような問題に出会う度、Oさんと共に心の奥底にどっしりした重さを共有した。
それから数え切れないほどの時間のみが過ぎ去っていった。
ある時、綾部にある聴覚障害者の施設いこいの村を訪れる機会があり、廊下を歩いていると忘れることの出来ない娘さんに出会った。
昔の面影は残しながも表情は生き生きしていた。
聞けば、いこいの村が出来て真っ先に入所したとのこと。
薄暗い家にじっとして人が来るとおびえていた面影はもうまったく見られなった。
人とのコミュニケーションがとれるようになって手話も、読み書きも、自分の身の周りのことも少しずつ出来るようになってきていると指導員は言う。
いこいの村では、施設に入った聴覚障害者を「なかま」と呼び合うことも聞いた。
なかま、あの「娘さん」にもなかまが出来たのだ、人間の発達の可能性と推し量れない無限性を実感した。
不可能を
可能にしたことの喜びの共感
その聴覚障害者の施設いこいの村の所長はOさんだった。
さっそく出会ってOさんと話をした。
Oさんはにこにこして[
「出会ったやろうあのなかま」とすぐ言ってきた。
「この施設が出来て、いの一番にあのことを思いだして、……」
Oさんの話には喜びが溢れていた。もちろん私にも。
「例の娘さん」は、いこいの村に入って次から次へと「とても不可能だ」と思われてきたことを可能にした。
具体的に例をあげながらOさんは説明してくれたが、それは信じがたいことであった。
Oさんも信じがたかったと言う。
どのような障害であっても
人間としての共通の発達のすじみちを通って自己を実現していく
私は故田中昌人氏の1960年代以前から実証を重ね1960年代初頭に発表した、
「障害のタイプによって発達のすじみちがちがうのではない。どのような障害であっても人間としての共通の発達のすじみちを通って自己を実現していく。このすじみちは偉大な学者といえどもとびこすことはできない。
別のすじみちを通ることもない。
どんな障害をもっている人でもこのすじみちの中にある。
あなたも障害児の発達のすじみちを通ってきたのである。
ここで大切なことは人間はすべて同じ道を通っているのだということである。
つぎに大切なことは、同じ道を通るのだが、その人あるいはその人をめぐる諸条件によって、人間はだれしも、その道のどこかの曲がり角などで一休みしたり、もつれてとどまったりするのだということである。」
と言う言葉と意味をかみ続けた。
詳しくは、教育と労働安全衛生と福祉の事実(Google)11月
エピローグ 滋賀大学教育学部窪島務氏へ の項参照。
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