Once upon a time 1969
(解説) 手話通訳者が、どの場所で手話通訳するかで、ろうあ者の基本的人権がどのように守られているか、どうか、ということが分かる場合がしばしばある。
特に、議会の傍聴席で手話通訳が行われたらろうあ者は、議場全体の状況が分からないまま、手話通訳を見ることになる。
従って、議場の真ん中。
すなわち質問、答弁の行われる横で手話通訳が行われた場合、議場全体の様子と話されていることがリアルに分かることになる。
手話通訳者がどの位置で手話通訳するか、どうか、
はろうあ者に対する基本的人権保障の目安
後に述べる選挙における立ち会い演説会(現在はなくなったが)の場合も、手話通訳者の位置とろうあ者がそれを見る位置は、手話通訳保障の点でもきわめて重要な意味を持つ。
しかし、議会の議場は、議会運営上や「要人」が多数居る関係などさまざまな制限があり、手話通釈者は議場には入れないことが現在でもある。
多くの人に知られた長崎の平和祈念式でろうあ者の山崎さんが演壇に立ち、手話で語ったことは、長崎の人々の言い尽くせない努力の結果であった。
しかし、あの祈念集会での手話通訳保障は一度きりにさせられ、手話通訳者が演壇に立ち、被爆ろうあ者や参列しているろうあ者の手話通訳保障が今だ行われていない、ということを知り人々はあまりにも少ない。
だが、1966年に京都府議会では議場の中で手話通訳が行われた。
1966(昭和41)年12月21日京都府議会本会議 ( その2 )
京都の二千人のろうあ者にたつた二人の手話通訳者
ろうあ協会は創立されて、今年で十年になります。
事務所は、ろうあ学校内という事になっておりますけれども、事務室もありません。
西田先生や中西先生の教室が事務所という事になっております。専従者もおりません。
今、ここで通訳して頂いております向野先生は、福祉センターで課長をやっておられます。
日本で有数な通訳の一人です。
この京都に二千人のろうあ者がおり、協会の会員が六百人おりますけれども、通訳はたった二人です。
この現状を皆さんはどう思います?
ろうあ者に対する補助金行政の京都府
今日までのろうあ者に対する京都府の行政というのは、一口で言いますと、補助金行政です。
これはろうあ者だけじゃないです。
盲目の人に対しても、肢体不自由(児)の人に対しても、身体障害者に対する府の行政というのは、メッセージを贈ることと、補助金を流す事だけです。
この事が、さらにこのまま続けられていいでしょうか。
ろうあ者の人々は耳もききこえないし、ものも言えない。
電話をかけることもできません。
バイクに乗る事もできない。
今日たくさんの方がこうやって傍聴に見えておるのも、一人一人が電車に乗って、バスに乗って、連絡し、さそいあわせて見えてています。
郡部からも見えております。
地方事務所に行かれても、通訳、いないでしょう。
選挙権もありながら、投票場へ行ってどういう扱いを受けるのですか、その意味では、異国の人と全く変わらない実情です。
ろうあ者の結婚の問題、就職の問題、将来の問題、いろいろな事が個宅に持ち込まれている
あるいは、ろうあ者の方々は云います。
子供が病気の時に一番困るのは、病院に行って自分の気持ちがお医者さんに通じない事だ、もし、子供に間違った注射をされたら一体どうなるか…、この事が心配でたまらない、こう云っております。
自主的な、自立的な生活が出来ない状態、しかし、基本的な人権というものは厳として存在しております。
しかも今日、福祉センターがありますが、この福祉センターも、ろうあ者にとってはほとんど無縁です。
つまり訓練が中心になっておりますから。
ろうあ者の人々は、昼も夜も、この向野先生の所へ行きます。
二人の中の一人の通訳の先生です。
自分の気持の通ずる先生は、向野先生をおいてないんですから。
勤務中でも向野先生をたずねて行きます。
夜、自宅に帰っても、向野先生の家はろうあ者で一杯であります。
そこで、結婚の問題、就職の問題、将来の問題、いろいろな事が話をされ、向野先生はその相談にのっているんです。
一人のろうあ者に一人の手話通訳の制度を
しかし今日、福祉センターの機構は、その様になっておりません。
向野先生のしている仕事は、これは役所で云いますと、規定以外の事をやっているという事になります。
ですから、ろうあ者の皆さんは、一人のろうあ者に一人の通訳を養成してもらいたい、これを制度化してもらいたい。
ー役所というのは問題を持ち込みますと、すぐ、法律がどうだとか、規則がどうだとか、条例がどうだとか言います。制度が出来てないという事を云います。
しかし、制度がなければ作ればいいじゃないですか、なぜこのろうあ者に対する通訳養成の制度化が遅れているのか。
もちろん、一人のろうあ者に一人の通訳をつけるのには、若干の日時を要するでしょう。
しかし、さしあたり出来る事は、府の地方事務所や、あるいは、民生安定所等は、当然ろうあ者を配置すべきです。
そうして相談を、生活相談を受ける体制を確立する事が緊急の問題であると思います。
ろうあ者が持っている能力を最大限に引き出し、そして、一人一人の基本的な権利をとことんまで守りぬくことを
非常に差別が行なわれております。
ろうあ者は無能だ、能力がないという事が云われて、社会的にも排除され、就職がらも除外されておりますけれども、ろうあ協会の会長をしておられる高田さんは、京都市の一級建築士です。
それで職場の人々と手まねで会話をしながら勤務をしておられます。
身体障害者の雇用促進法というのがあります。
ー私は法律は嫌いですけれども、府の諸君は、理事者が、口をひらけば法律法律と云いますから申し上げましょうー。
その法律の中には、身体障害者の採用に関する計画を作制しなけりゃならんと、国や地方自治体は計画を作れという事が出ております。
一体そういう計画がありますか。
まず、京都府においてろうあ者を採用してはどうですか?
京都においてはわずかに一名しかろうあ者が採用されておりません。
そして今日、向野先生の家が、ろうあ者にとっての、唯一のセンターになっております。
なぜ、センターを作らないんでしょうか。
センターを作るまでさしあたりは、勤労会館や職員会館、あるいは婦人会館を利用さして頂きたいというのが、皆さん方の要求です。
ろうあ者が持っている能力を最大限に引き出し、そして、一人一人の基本的な権利をとことんまで守りぬくという事が私たちのつとめであるし、これの障害になる一さいの制度、あるいは障害になる人がおるならばそれを乗りこえていくべきだと私は思います。
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