2012年3月30日金曜日

障害者を利用して健康被害・低すぎる工賃で働かせる企業

 
Once upon a time 1969

 私たちは、このろうあ者の事故と事件や働く障害者の問題を障害者集会で何度も訴えた。
 でも、残念なことに障害児研究をしている大学の先生や学習会に参加している人々から「働けるだけましやで」「仕事にも就けない障害者のほうがもっと深刻や」などなどと言われ、落ちこむことが多くあった。


「ちがうのや 障害者みんなに共通することや。働いている人にも」
と言い続けました。


         施設に子供を預けている一保護者からの訴え

 障害者の働く問題が、授産施設でも深刻な問題としてあることが、1975年12月の京都府議会本会議で杉本源一議員によって採り上げられた。
 少し長くなるが、その時の京都府議会議事録抜粋して掲載します。

 なお、議会議事録には施設の名詞などは残されていますが、一部をイニシャルで、読みやすくするため見出しを入れるのでご承知ください。


 私は城陽市にある社会福祉法人A学園に起きた事件を中心に、京都府の社会福祉対策について質問をします。

 去る11月10日、この施設に子供を預けている一保護者から、私に次のような訴えがありました。

シンナー中毒はないと言うが  シンナーの臭いが強く、紫色をしたヘドロが

「11月9日保護者会があって、そのときこの学園に預けている娘が作業しているところを他の保護者とともに見せてもらった。
 作業場にはクリーニングの立派な機械が据えられていたが、シンナーの強い臭いが鼻をつき、その周囲にはシンナーと油で汚れたウエスが数十本のドラムかんに詰め込まれ、倉庫にはシンナーの1斗かんがたくさん置いてあった。
 精神薄弱者の園生をこのようなところで作業させるのは問題がある。
 京都府は一体どのような指導をしているのか、調査して善処してほしい」


こういうものでありました。

 11月12日、T園長に会い実情を聞くとともに、園長の案内で作業場を見せてもらいました。
 保護者の強い訴えにあったとおりで、シンナーの臭いが強く、紫色をしたヘドロがごてごてと地面に捨てられたままになっておりました。
 園長の説明によりますと


「この施設は授産施設として京都府の認可を得て設立されたもので、洗たく作業については株式会社MとA学園が契約をし、今年の2月から運転を始めたもので、毎月必要な経費として30万円をMから学園へ納めてもらい、園生には1カ月1人3000円を工賃として支払ってきた。
 5~6月頃にてんかん発作を起こす園生が出たので、ユニチカの専門家に公害の調査をしてもらったが、人体には影響はないとのことだった」


と話していました。

   12人に肝臓機能障害など身体に異常が発生した

 作業は、油で汚れたウエスをクリーニングするもので、そのときシンナーが使われております。
 重大なことは、この作業に従事していた園生45名のうち12名にてんかんに似た症状や肝臓機能障害など、身体に異常をきたしたものが発生したということであります。

 民労部長、あなたはこのような事実を知っていたのですか。
 私はこれは重大な事件だと思います。
 驚いたことに、作業能率を低下させないためといって、学園の近所にあるB病院の精神科の軽度の患者を園生と一緒に作業させていた事実であります。


   企業ペースで障害者を働かせるのは  人道上許せない行為

 株式会社Mの従業員とB病院の患者とA学園の園生が入りまじって作業するというこのような作業形態は、不適当であります。
 収容されている園生が精神薄弱者であることにつけ入って企業ペースの作業が行われていたとしたら、これは人道上許せない行為であります。
 一体このような作業が適切なものかどうか、計画の当初から慎重に考えられるべき問題でありますし、その危険性は当然予測されたことであります。


2012年3月28日水曜日

指を切断する痛みと遊興費


Once upon a time 1969

  細川汀著「健康で安全に働くための基礎」を読む度に労働安全衛生の基礎知識の重要性と1969年にあったあることを想い出す。

 細川汀著「健康で安全に働くための基礎」の 4 ミスするのが人間 ー 守られるいのちと健康 ーの項目で次のような事が書かれている。

 機械にもさまざまなものがある。
 プレスのような物を潰したりおさえる機械は特に危険である。
 両手で物を入れて、足でペダルを踏むとプレスが落ちてくる。
 非常に速く手足を交互に動かしていると、ついまちがって同時に動かしてしまうこともある。
 その途端プレスで手を潰してしまう。


 ある工場で11人の労働者が10年間に30本の指を潰していた。
 1人は両手の2本の指しか残っていなかった。

 これを防ぐには……

のプレス機のことでは、苦い苦い思いが残っている。

   プレス機で指を切断したことで会社と交渉したけれど

 ある日。
 一人のろうあ者が、ろうあ者相談員のところにやってきた。


  仕事の最中にプレス機を操作して、薬指の第二関節を切断してしまったと血がにじみ出た包帯を見せた。
 すぐ手話通訳をしていた私とともに会社に行くことになった。

 会社は治療するなどのことが充分でなかったこと。

 労働災害保険の申請をして充分治療が出来るようにろうあ者を休ませることを約束した。
 ろうあ者もそれでいいと言うことだった。


 ところが、そのろうあ者は休業中にパチンコ、ばくちばかりしていたようであった。
 私たちは、まったくそのことを知らなかった。





 二度目の労働災害はわざとだったとは

 数ヶ月経ってまたそのろうあ者がやってきた。
 今度は、小指をプレス機で切断した。

 手続きは会社がしてくれているので今は休業中だからヒマなので遊びに来たという話だった。
 私たちは、二度もプレス機で指を切断したことに驚いて転職などの話をした。

 でも、そのろうあ者は、ぜんぜん話にのってこなかった。
 


 この段階で、私たちは彼の状況を把握しておくべきだったのだが、そこまで思い至らなかった。

 指も関節ごとに少しずつ切ると痛すぎるが あとで遊べる

 再び数ヶ月すると、またプレス機で指を切断したといって遊びに来た。
 私たちは、これは大変だ、と思い会社と話をしようと言うと、そのろうあ者は絶対来てくれるな、と言う。


 指が切り刻まれていることを黙っておられるか、とみんなが言うと、そのろうあ者はぽつりぽつりと次のような話をしだした。


 労働災害を受けていると休んでいてもお金が出る。補償金も出る。
 そのお金で、パチンコやギャンブルをしていた。
 お金がなくなつて労災補償の期間が過ぎると仕事に行って、「わざと」プレス機で指が切れるようにして労災補償と補償金をもらうようにしているから、ジャマしないでくれ。


というのである。
 指も関節ごとに少しずつ切れるようにしている。
 切った時は非常に痛いが、あとの楽しみがあるとさえ言い続けた。
 
  すべての指が切断されて 残った手のひらだけが

 私たちは必死になってそのことを止めるように説得したが、それから遊びにも来なくなった。
 


 それからどれくらいの日数が経ったのか思い出せないが、ある日再び遊びに来たら、親指と人差し指が無くなっていて手話で話しているようだが、手のひらだけが動いているだけだった。

 ほかのろうあ者から聞くと、彼が人差し指と親指を切断すると補償金額が大きいと知って親指、人差し指の順番でわざと切断していって遊興したとのことだった。


 結局、彼はすべての指を切り落として姿を消してしまった。

 労働災害を防ぐこと、労災補償を受けることの意味を最初から話しておかなかったことが悔やまれてならない。



 
 

2012年3月26日月曜日

後藤勝美さんへの オマージュ hommage


Once upon a time 1969






後藤勝美さんについては、以下のホームページをご参照ください。
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http://www.gayukobo.com/
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