2012年4月11日水曜日

だれもやらない仕事を黙々とやってくれるという鉄工所の社長の景で


Once upon a time 1969

 A鉄工所は、従業員100人ほどの小規模企業だった。
 でも、その技術は高く精密機械製造では全国的に名が知られていた企業であった。
だれもやらない仕事を黙々とやってくれる、という社長

 「だれもやらない仕事を黙々とやってくれる。」という社長のろうあ者に対する評価。
 そのため戦後間もない頃からろうあ者を「積極的」に採用してくれる企業だった。
 この企業に労働組合が出来て、全国的な金属労働組合に参加していた。
  1969年の春闘(春季闘争の略。1955年以来、毎年春に、賃上げ要求を中心として労働組合が全国的規模で一斉に行う日本独特の共同闘争)要求として、


1,14482円の賃上げ
2,退職金の増額
3,定年制の延長
4,年齢別最低賃金の確立


を会社側に出し、団体交渉をしていた。

 会社側からは、

1,5018円の賃金値上げの回答

をしたまま、労働組合との交渉に一切応じなかった。

        第二組合が作られ複雑な事態が日々続いた中で

 そのため労働組合は、いく組みかが交代でストライキをするというリレーストを行っていた。
 ところが、4月下旬になると会社側の「指示」で第二組合が作られ、会社側はその第二組合と話し合うとして、第一組合との団体交渉を全面的に拒否してきたのである。
 ちょうど、その時、A鉄工所を訪ね、ろうあ者のDさんやFさんに会ったのである。

 会社と労働組合の激しいやりとり、会社側から第一組合員を第二組合に入れるための工作など複雑な状況が日々続いていた。
 ろうあ者のDさんやFさんにとっては、何が何だか解らない状況に追い込まれていたのである。

       連日の長い集会の後に 筆談で「前回から進展せず」

  第一組合は、連日の闘争の変化を組合員に知らすべく集会を開いていたが、ろうあ者のDさんやFさんはその話の中味は何のことかさっぱり解らなかった。

 時々筆談で第一組合員が書いてくれるのは
「前回から進展せず」
というものであり、集会に参加していたろうあ者のDさんやFさんにとっては、集会の時間が長いのに、文章は短すぎる、と不安一杯になったのは当然のことだった。

 ともかく早く働きたい、というのが二人の共通する願いでもあった。
 でも、第一組合を支持して組合に入っていた。


 それは、会社の回答では、このまま生活するのは大変だ、と言う気持ちがあり、第一組合の要求は正しいと思っていたからであった。
 そのため手話通訳の依頼がたびたびあり、第一組合の会議の手話通訳をすることになった。

 委員長代行になったYさんは、

「自分も障害者として労働運動に参加してきた。A鉄工所には身体障害者が多いが、ろうあ者の人たちが組合に結集して、一緒に闘ってくれることは大きなはげましである。」

と語った。
 ろうあ者のDさんやFさんからは、当時病気入院中のろうあ者Tさんのことも気遣って委員長代行に経済面での援助が必要であることを話した。
 
 委員長代行は、そのことでは労組としてすぐ援助をすると約束したが、刻々と事態は変わっていった。




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