2012年3月2日金曜日

名も知られていないが  非凡な芸術作品を世に


Once upon a time 1969

 後藤勝美さんから画集「眠りから醒めて」が贈られてから、何万というメールのやりとりをした。

 その中ですでき「眠りから醒めて   賛成しかねる ありえない デフ・アートなるもの」の項で、後藤さんが

「耳の聴こえない者(あえて言えば手話をコミュニケーション手段とする者)をろう者と言うが、これを英語にして"デフ・アート"なるものが流行って来ている。
 これについても私は賛成しかねる。
 そんなものは、ありえないと思うのだ。」


と書いていることをあきらかにした。

 ろう文化なるものはない 文化の中のろうあ者とは言える

 これらの問題では、かなり意見交換交換を行った。
 近年、何の根拠もなく、何の理由もなくさかんに「ろう文化」を振りかざす人がいる。
 そういう人ほどろうあ者の芸術活動に無頓着であり、過去、日本の文化の中でろうあ者の果たしてきたことを調べようとしない。
 このことは、「無名」とされてきたろうあ者の役割を否定するものである、という点で後藤さんと意見が一致した。


            ろうあ者の 歴史的遺産を世に

 後藤さんは、後藤さんなりに必死になって全日本ろうあ連盟などからろうあ者の文化活動でもある芸術を世に出そうと提案していた。

 衣服・彫刻・家具・陶器・絵画・楽器・精密機器などなどあらゆる分野で非凡な才能を発揮したろうあ者が数多くいる。
 その人たちは、この世に何ら知られることなく世を去って行った。

 だが、その作品は、ろうあ者としての悲痛な叫びあ上げることなく作り上げられてきた。
 この歴史的遺産を世に問い、残したい。

 眠りから醒めた、後藤さんの切なる願いだった。



 柳行李に見いだした美

 私も、全国各地を回った時、少なくない作品がろうあ者の手で作られていることを数多く知っていたから諸手を挙げて賛成した。
 

 長野県に行った時だった。
  「柳行李」(やなぎごうり)をかって作っていたろうあ者に出会った。


 柳行李は、昔は、どの家にもあったがそれをろうあ者の人たちが作ってもいたということは知らなかった。
 多湿な日本の風土の中で衣類入れにも使われていた柳行李は、現代風に言うならば有害物質を含まない、エコ製品と言ってもよいだろう。

 かって作られていた柳行李の原材料は、あそこに放置されたまま育っている「コリヤナギ」と教えてもらった時は、非常に驚いた。
 「コリヤナギ」から柳行李を作る過程は、大変なもので、昔はすべて手作業で編んでいた。

 そのためその編み方を見たら誰が編んだのかも解るという。
 

 何気なく見ていた古びた柳行李に「美」を感じた。
 それから、いくつかのろうあ者が作った柳行李を見せてもらったが、たしかに、微妙なところに大変な工夫がされている。


        ろうあ者の「芸術作品集」を作ろう

 ろうあ者のはそのような仕事しかなかった。
 だから、必死になって、ていねいに、ていねいに作り続けて、それを売って子どもたちを育ててきた、というろうあ者の顔が今でも浮かんでくる。

 「 特に昔のままのひなびた漁村、漁港が好きである。
  こういう場所は、時代の流れか、めっぽう少なくなった。さびしい限りだ。

 もう一つは、無人化した古い工場とか、スラム風の板張り或はトタン張りの下町などにも、あちこち旅しては捜して描く。」

と書いている後藤さんと共鳴する気持ちがあった。

 ろうあ協会の中で共感する人がなく、落胆している後藤さんに、ひとつの提案をした。

 後藤さんの画が売れて、お金が貯まったら一緒にろうあ者の「芸術作品集」を作ろう。
 出版しよう。


 もう亡くなったろうあ者も多くいるが、その人たちへの尊敬の念も込めて、世に問おうではないか、と。

           とんでもない、と思ったが

 後藤さんは、大いに歓迎してくれて、それから彼の書いた画がどれくらい、いくらで売れたか、のメールが次から次へと送られてきた。

 第1集が作れるかも、と思っていた時、後藤さんはとんでもない、ことを言い出した。


後藤勝美さんについては、以下のホームページをご参照ください。
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http://www.gayukobo.com/
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