2011年8月29日月曜日

まじめで責任感が強かった本人にも責任がある、と断罪する 過労死判決を教職員は許すのかとの意見を

 

 山城貞治(みなさんへの通信70)
「教職員の労働安全衛生問題の政策とその実現のために 第1次討議資料」の実現した事項(1997年から2006年までの約10年間)
政策「労働安全衛生対策について」はどれだけ実現したのか(その50)


(26)教職員の精神衛生上の対策として、各種休暇制度を、授業や仕事の補充を無くし、自由に気兼ねなく休めるようにする。
 また生徒の諸問題を教職員個人の能力や資質や責任に返すことを取りやめ、学校として集団的に対応するとともに、学校教育の果たす役割と社会の果たす役割を区別し対処すること。
 また、管理職は、上意下達のやり方を直ちに改めること。


びっくり 大企業の役員からお礼と組合の意義を強調されて

 京都府高労安対策委員会は、さまざまな学習会をしてきた。
 特に、それらを京都府高労働安全衛生闘争その手引きとして発行してきたが、その中で特に岡村親宜弁護士の「安全配慮義務の法理とその活用」については、大企業の経営者から

「インターネットのホームページを見させてもらった。安全配慮義務について参考になる本を探しているが、どれも難しい内容が多い。労基署などに問い合わせても的を射る答えは返ってこない。その点、送っていただいたパンフレットは大変わかりやすく書かれていてとても参考になった。あれは本にして出版した方がいいと思う。」
「安全配慮義務が、明確な概念として使われ出してから、企業としてもどのように対応したらよいか苦心している。
 特に雇用形態が流動化していく中で、パートや下請けの方たちにも対象にして考えていかなければならないと思っており、実際、下請けお方にも入ってもらって委員会を作ってもらっている。」

などなどの「激励」が寄せられた。
 さらに教職員組合が府高のような労働安全衛生に取り組むことについて「大変いいことだ。」「組合こそが職場を横断的に把握出来ているから。」「この労働安全衛生活動に取り組むことは大変有意義があると考えられている。」


などなど思いもしない連絡があった。
「まじめで正直は、だめだ。」と言う判決が出たんですよ。
      教職員として、どのように思われますか

 だが私たちには、岡村親宜弁護士の「安全配慮義務の法理とその活用」の学習会で提起された「東京高裁では、「まじめで責任感が強かった本人にも責任がある」と判決。
 そして「まじめで責任感が強かった」ことが、賠償減額の理由になった。
 「みなさんは、これまじめに、一生けんめい働ければ」と生徒に言ってきてませんか。
 「まじめで正直は、だめだ。」と言う判決が出たんですよ。
 みなさん。教職員として、どのように思われますか、と言う提起だった。

 そのため電通過労自殺の訴訟の最高裁判所の弁護を行った川人博弁護士に来ていただいて講演していただこうと思い至った。
 以下、その講演内容の一部を京都府高労安対策委員会機関紙「教職員のいのちと健康と労働」から紹介させていただく。
 その前に川人博弁護士の講演を聴いた教職員の感想を紹介させていただく。


本当に画期的ですばらしい判決電通過労自殺最高裁判決 
 自分の仕事の仕方やストレスの対処を改めて見直すきっかけとなるお話でした。
 特に、川人先生のお話は、夫が会社員ですので、身につまされるものでした。どうしたら、企業の体質を改善することができるのでしょうか。
 どうしたら、もっと人間らしい健康的な生活を営むことができるのでしょうか。
 当然ながら運動や告発を続けていくしかないと思いますが、企業では、組合が御用組合となってしまっているので、ほとんど使用者側のやりたい放題となってしまっています。
 ですから、電通過労自殺最高裁判決は本当に画期的ですばらしい判決だと思います。
 この判決をきっかけとして、多くの企業が労働・安全・健康について深く考えたり、反省したりしていってくれることを期待します。また、私達もより健康で安全な生活を目指して、一層運動をすすめていきたいと思います。


教職員の健康破壊は一向に改善されません
 他県の者でも参加させていただき大変ありがとうございました。
 具体的でわかりやすい内容で久しぶりに学生に戻った様な充実した気分です。岐阜でも各校に衛生委員会体制はひかれたのですが、ほとんどが有名無実で形を整えたにすぎない情況で、さまざまな健康破壊の状況(最たるは過労死ですが・・)があってもあくまでも当事者の問題とやり過ごされてしまっています。
 なにより当事者の教職員の健康破壊は一向に改善されません。(そうした意味でもこうした会を親組合が開催できる事はすばらしい事と思います。)
 本日の講義で当たり前の事を当たり前に感じる事と「いのちと健康と労働」の様なニュース等の発行等となにかできる所から一歩ずつ動いていかねばならないなと改めて元気をいただけた気がしております。


自らの健康について自分だけの努力でなく
 たくさんの過労死事例を聞き、とても疲れました。
 しかし、その事が身近に迫りました。私たち自身が自らの健康について自分だけの努力でなく、組織的に考え直さなければと思いました。

考えてみたい 会的意義のある仕事は働きすぎてよいのか?
社会的意義のある仕事は働きすぎてよいのか?
という問題について考えてみたい。


あたり前のことを再認識させられ
 U先生のご案内でやってきました。来てよかったです。

・社会的に意義があるからといって働きすぎてよいのか。
・労働には限度・抑制がある。
・よい仕事をするためにはゆとり、健康が必要。

ほんとうにその通りです。
 あたり前のことを再認識させられました。

組合活動も意義はあっても過労に拍車をかける
 教職員組合本部は忙しそうで、労安どころではないという気がします。組合活動も意義はあっても過労に拍車をかける現実です。
 取捨選択するとすれば、労安を第一に取るべきと仲間を失った養護教諭の私は考えるのですが、組合活動の中央にはなかなかなり得ない状況はあります。
 でも、今日の川人さんの話、京都の活動に参加でき、前進はあると実感できました。京都のUさん、ありがとうございました。

「教育と労働安全衛生と福祉の事実」は、ブログを変更しましたが、連続掲載されています。以前のブログをご覧になりたい方は、以下にアクセスしてください。

**********************************
http://kyouikutorouann.blogspot.com/
**************************************

0 件のコメント: