2011年12月6日火曜日

教え合い、学び合い、助け合う集いは、不可能を可能にする


Once upon a time 1969

 ろうあ者成人講座の手話通訳をしていると、一斉にろうあ者が隣に座っているろうあ者に手話や手振り、身振りをする。
 それは、未就学であったろうあ者に講演の内容を「伝えて=通訳」しているからだ。

 例えば、ろうあ者成人講座の講師が「暮らしにくくなっていますが……」と話をすると手話通訳を見て、となりのろうあ者に「はたけ耕す」「しかめっ面」や「物をつくる仕草」「お金」「ない」「しかめっ面」などなど多様に表現して相手に伝えて、手話で「暮らし」+「難しい」とする。
 または、次から次へと「絵」を書いて、絵で話されていることを知らせて行くのである。


手話も分からないろうあ者に「絶妙に伝える」方法が花咲く

 すると「はたけ耕す」「しかめっ面」を見ていた未就学のろうあ者が、「うん」「うん」とうなずいて、手話の「暮らし」+「難しい」をそのまままねる、そのことが絶妙に行われていてただただ感嘆するばかりだった。
 だから、手話通訳をしていた私は「暮らし」「難しい」・「食べる」「難しい」として、「同じ」と表現していくようにした。
 手話も分からないろうあ者に講演内容を「絶妙に伝える」ための方法が会場では花咲く。

 このような、教え合い、学び合いの光景は目にしたことはなかった。
 未就学の隣に座る人は前もってろうあ協会の中で相談されていた。
 家が近くの人。同じような仕事をしている人。かって自分も未就学でコミニケーション手段を持たなかったが、ろうあ者成人講座を通して成長し学び、少しずつみんなと会話が出来るようになった人 。ろう学校を卒業した人。ろう学校を途中でやめざるを得なかった人。


 それらのろうあ者が、参加者の状況に応じて配置されていた。
 重要な  手話の「意味」・「同じ」という表現方法

 手話通訳をしながらその様子を見ていると見ていると、講演の内容はすべてではないけれど、講演している先生の趣旨の基本を押さえて伝えていた。
 私は、参加するろうあ者の状況を見て、それぞれの表現力やその特徴を把握して手話通訳しなければならないと強く思った。
 その点で、手話の「意味」・「同じ」という表現方法は重要な表現だ、と思った。
 難しく、分かりにくい話の場合、それを手話通訳して、「難しく」「分かりにくい」話を「かみ砕いて」「意味」・「同じ」とする表現方法である。
 「市民」と手話表現して、その場に居る人々が市内の人々ばかりなら「みんな」「市民」「意味」・「同じ」と表現する。
 この場にいるみんなは市民、なのだと表現していく表現方法である。
 「このことと」「あのことと」、同じ事。
 という表現になるが、この伝達方法では、「ろうあ者どうし」のほうがはるかに力を発揮した。


集って、学び、教え、教えられ

 一人で学ぶのではなく、集って、学び、教え、教えられ、という関係がつくられていくと手話通訳をしていても、水が大地に吸い込まれるように参加したろうあ者同士が学び合っていることが手に取るように分かった。
 「つどう」事が、みるみるろうあ者を成長させていくエネルギーをもっていたのである。
 教え合う、という無償の協力は、協同関係をつくり、「ひとりぼっちで空虚な生活」を過ごしていたろうあ者に、知ることの喜びと助け合うことの喜びと、同じ仲間が居ることの連帯感を創り上げて行った。


大反対だった親や家族が次第に賛成し、歓迎するようになって

 このろうあ者同士の取り組みは、未就学で「ひとりぼっち」のろうあ者に「友だち」「仲間」が出来、表情も豊かになり、元気になって来た。
 すると、今まで、ろうあ者成人講座にでることに大反対だった親や家族が次第に賛成し、歓迎するようになって来た。
 そして、ろうあ協会の役員に「もっとうちの子を誘ってほしい。」と言うようになって、ろうあ協会の役員が驚いく、と言う話がじわじわ広がってきた。
 絶対反対の親がもっとうちの子を呼んで、と言われて、ろうあ協会はろうあ者成人講座だけでなく、遊園地や旅行などのリクレーションなどの行事をどんどん増やすようになって行った。

 

 そんなある日。
 読み書きのまったく出来ないろうあ者が意を決して言ったことにろうあ協会の役員がびっくりするという事件が起きた。


 

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