2012年1月28日土曜日

障害児者への「予断」と「偏見」の「優生学」一掃の第一歩


Once upon a time 1969

 ビラをまいてすぐ京都府職員組合(当時:略称府職労)から、京都府ろうあ協会と話し合いたいとの申し入れがあった。
 「え、労働組合!と話し合い?」

 「ものすごく大きな労働組合らしいなぁ」
 「労働組合って何する組合?」
 ろうあ協会と労働組合の話し合いなんて過去まったく経験がなかった。
 とまどいつつも、ろうあ協会は、話し合いをすることになった。


  素直な意見に うちとける話し合い

 京都府の幹部と違う雰囲気、でも京都府で働く人。ろうあ者の多くはきょろきょろしながらも話に加わっていった。

 「えっ……私たちが京都府庁でビラをまいたのは……」
ろうあ協会事務局長は、京都府の福祉対策とろうあ者のねがいを説明した。

 府職労からは「手話通訳や手話通訳保障のことは分かるが、その他のことは分っていないので……」と率直な意見が出された。
 そのため雰囲気は逆にうちとけたものとなり、話し合いは和やかにすすんだ。
  
                                                                                     
労働組合がどんなことをする団体かも知らないが、話を聞いてもらえて
お互いの要求が交流できるなら
     それでいいじゃないか

 京都府庁で働く職員としては、住民から出されてくるさまざまな要求を知りたくても、机上の事務作業で、要求の意味や要求が出されてきた背景・実態を充分知りにくく、それでいて直接住民に関する仕事をしなければならないという矛盾も出された。

「なるほど話を聞いてよく解りわかりました。みなさんが私たちの要求を知り、私たちがみなさんの要求を知ることが出来ればこれほど心強いことはない。これからの交渉には、京都府の幹部だけではなく、府職労のみなさんも参加してください。また、参加できるように京都府に要求します。」

とろうあ協会事務局長は話をまとめた。

 障害者団体の交渉に京都府の幹部だけではなく、労働組合の代表も参加してもらうようにする、ろうあ協会のみんなは納得したが、驚いたのは府職労の役員だった。
 府職労としてそのような経験もないし、ましてやろうあ協会の交渉に参加するとは前代未聞のことであった。
 労働組合がどんなことをする団体かも知らないろうあ者は、話を聞いてもらえて、お互いの要求が交流できるならそれでいいじゃないか、という素直な発想だった。

ナチスによって暴力的にすすめられた
       「優生学」を一掃する幕開け

 この話し合い以降、京都府では、京都府社会福祉対策協議会事務局長の発言は訂正され、府民向けの冊子とともに各部局で、医療と福祉と教育の正しい連携の方向が模索されていく。
 特に公衆衛生(Public Health 地域社会をとおして国民の健康を保護増進する活動。)担当の衛生部では、各保健所の乳幼児検診や保健衛生指導、保健婦学校などで障害児者の理解と配慮が徹底されていくことになる。
 それは、「障害者福祉の対策は、障害者が産まれないよう、産まれないようにするのが基本である」というアメリカで生まれ、特にナチスによって暴力的にすすめられた「優生学」を一掃することでもあった。

  ブログ「 2011年10月 先天性・後天性・遺伝・「断種」と親や障害児者の哀しみ」(参照)

  ろうあ者の結婚、出産、育児、教育ということへの「偏見」を打ち砕く大きな一歩を、ろうあ協会とその仲間たちの勇気ある行動が、小さな道から大きな道へと切り拓いた出来事であった。

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