2011年9月30日金曜日

証書の裏の削りとった痕を見た


Once upon a time 1971


 ある日。身体障害者相談員がやってきてある夫婦が非常に困っているが、なにが、どのように困っているか、解らないから話を聞いてくれないか、と言ってきた。
 福祉の係長は、「行くように」とは言うけれど、なにがどうか、解らないままその夫婦の住宅を尋ねた。
 何度も行ったが、ドアは閉じられたままで夕方に行ったら灯りがついているものの、なんに返答もなかった。


極端な警戒心に現れていた気持ち

 数回繰り返した頃に、ようやくドアーを開けてくれた。
 ずっーと後になって知ったのは、人が来るたびにまた「ひどい目」に合うのではないかと恐れて身動きしなかったとのこと。

 ご主人が、勇気を出してドアののぞき穴から見たら市の制服を着た人だったから開けたと言うことだった。
 知らない人へは、極端に警戒心を持ってしまった夫婦の気持ちは痛いほどわかったが、その時は事情を知らないだけに「なぜ、ドアを開けてくれないのだろうか。」とばかり思っていた。


必死の形相は見て取れるがなにを言いたいのだろうか

 ドアを開けて、案内された部屋のちゃぶ台には、一枚の証書が置かれ、奥さんはすごい勢いで声と身振り手振りで話しかけてきた。
 その横でご主人は正座をして小さくなっていた。
 隣には、子どもさんがいるようだが、コトリ、との音もしなかった。
 奥さんの声は出ているが、ことばとしても聞き取れないし、身振り手振りからもなにを必死に伝えようとしているのかも解らなかった。
 ともかく、顔は怒りに満ちているのは解った。
 頭を抱え込んだ私を見たのだろうか、ご主人が何とか奥さんをなだめている様子が見えた。

 二人とも学校に行っていない未就学の障害者であることは解った。が、聞き出す手がかりが、見いだせない。
 時間だけが、刻々と過ぎ去って行った。
 目の前に置かれている証書は、生命保険証だった。
 これが、どうしたというのだろうか、考え込んでいた。


返された証書の裏に

 と、ご主人が、見ていた証書をひっくり返して、私に見るようにという身振りをした。
 と、とたんに奥さんが、ある一カ所を指さして身振り手振りからもなにを必死に伝えようとしはじめた。

 ご主人は、そう慌てるな、落ち着いて、と言っているように見えた。
 そこには、二人だけのコミニケーションが存在していた。
  奥さんの指さす部分を見ると、どうも削られた痕がある。それが一定の帯状になっている。
 なんだろう、これは、と思った。


言いたいことが通じた、と喜ばれて頭を抱えたが

 奥さんは、次第に落ち着いてきたようで、どうも、「女」「これ」「持って行く」「返す」「これ、こんなようになっている。」「おかしい」と訴えているようであった。
 聞こえないし、声がことばにならないし、書けないし、読めないし。でも、見たことを伝えていた。
 たしかにおかしい、と考え込むと、夫婦は、にこにこして喜びだした。言いたいことが通じた、と言う喜びだったんだろう。
 だが、私は頭を抱え込んでしまった。

 身振り手振りで、この証書に関係する書類は?とこちらも必死で「話しかけ」た。
 通じたののだろう。生命保険の申し込みなどの束ねたものが出されてきた。


行政は個人の生活まで踏み込んではならない

 書類を読んでみた。丁寧に丁寧に順番よく綴られていた。会ったその月までにずーっと保険金が支払われていた。子どもさんのために。
 夫婦が、一生懸命生活を切り詰めて支払われていることが綴られた書類が語ってくれた。

 それとともに、子どものために、という思いが切々と伝わってきた。
 必要事項をノートに書いて、頭を下げて帰る時、私の万倍も頭を下げられて、街灯がポッン、ポツンとあるたんぼ道を帰ったが、次第に悔しさが胸一杯になってきた。
 翌朝、役所で事の次第を話し、調べてこのことに取り組みたい故を説明したが、行政は個人の生活まで踏み込んではならない、の一点張りだった。
  そうだろうか。

 夫婦が困っているのは、障害がある故ではないのか。学校にも行けていないから、自分でやれないことがあるから福祉に援助を求めているのではないか、と言ったが、そんなことをするとみんなにしなければならないことになる、と言う返事だった。
 この聞き飽きたことば。何とか打ち破れないか、と深く考えた。福祉六法を読み直した。「援護」。この「ことば」があるではないか。もう一度、上司を説得した。今回に限り、と許可が下りた。
 

保険金を勝手に解約して
 懐に金を入れた犯罪をごまかす協力とは
 

 保険会社の営業所への電話。担当者がすっ飛んできた。保険はは解約されていること。そのことが保険証書の裏に書いてあること。
 でも、本人はそんなことも知らないし解約された金も受け取っていないではないか。
  青ざめた顔で、営業所の担当者が帰り、すぐ夫婦がやってきた。

 聞けば、保険証書を解約して、引き続き掛け金を受け取っていた。
 なんとか、「あの夫婦になかったことにしてもらえないか。」という話だった。犯罪をもみ消そうとしている。相手が、障害者だからとした手口が許されなかった。
  だが、係長は「やってあげたら」と言う。怒りがむくむく広がった。



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