2012年10月23日火曜日

保健室から 生徒の持つ自由と平等を広げることで生徒たちは学んでいく

   
    教育としてのろう教育・聴覚障害児教育・障害児教育
 ー 京都のほどんど知られていない障害児教育から学ぶ教育 ー

  「反社会的なことをしない。」「いのちを大切にする」だけの校則を

  一日保健室の来室する生徒が常時100名前後。
 あまりの多さに教育の課題を深く感じる。


  学校の校則は、

「反社会的なことをしない。」
「いのちを大切にする」


の二つでよいのではないか。
 校則をあまりにも細かく決める、もめ事が起きるとさらに細かくなる。
 このことで、生徒の持つ自由と平等の考えはひろがらない。
 もっと生徒の持つ自由と平等を広げることで、生徒たちは学んでいくものだと思う。 


  「平等指導」は難しく 逆に生徒の「身体の自由」を奪う

   説明のつかない一方的な髪の色を染め直すことでの帰宅指導は、学ぶ権利をうばうばかりか生徒の反発を強めるだけだと思う。

 髪の毛の色の「平等指導」は難しく、逆に生徒の「身体の自由」を奪いかねない。
 もともと生徒たちの髪の色は違う。
 茶色い毛の生徒までもが、髪の毛の色の「指導」のために周囲からの心地よくない視線が浴びせられる。
 そう感じていない、と思われている生徒も、感じなくてもよい心地よくない気持ちを抱かされてしまっている。

  私服を着るときに服装を考え、悩むことのほうが大切ではないか

 髪染色は、身体に悪いと髪の毛の色の「指導」され、髪染色は身体に悪いからと、黒色に染色するように指導される。
 このことに生徒たちは矛盾を感じるが、「髪を染めた自分が悪いのだ」と言い返されて、生徒は混乱してしまう。


 好みや感覚さも不平等を生みだす。
 説明のつかない事柄は、教育現場には向かない。
 化粧や服装も。私服を着るときに服装を考え、悩むことのほうが大切ではないか。
 制服姿を何もかも規則通りに守るより、私服と場所がらを考えて、悩むことの方がもっと必要だと思う。
  そこには、生徒たちの思考の豊かさが大きくひろがると確信するようになった。



  むっちゃ嬉しかったよ
 いつもお世話になりまして、ありがとーございますたっ。
 お茶とか、カイロとか、湯たんぽとか、先生ーみっちゃスキです。
 っていうか、保健室スキでしたっ♡


 いつも ほんまにやさしくしてくれて、むっちゃ嬉しかったよ。

 短い間やったけれど、ほんまに色々ありがとう!
 高校生活は、すごく充実してよかったです。


 楽しもうと思ったら、何でも楽しめるものやし、楽しむこころが大切やなぁと思いました(^_^)


 髪の毛の色の「指導」などでさんさん、叱られ、帰宅指導された生徒たちが、贈ってくれた手紙には過去のトラブルよりも、豊かな気持ちと楽しさが残っている。                                                 ( 新つづく )
 

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