2012年6月10日日曜日

できるだけ その子に適応したものをのばしていく 1973年 京都府知事蜷川虎三氏「憲法・地方自治・教育」講演全文(4)


教育としてのろう教育・聴覚障害児教育・障害児教育
ー京都のほどんど知られていない障害児教育から学ぶ教育ー

日本で創造された共同教育 インテグレーション・メインストリーミング・インクルージョン ましてや特別支援教育ではなく(6)   ※ 読みやすくするために「小見出し」をつけました。

  国全体として生きる権利を保障していかなければ

 それから第三章は

「国民の権利および義務」

を規定していますが、とくに基本的権利を重視してるんです。
 ところが、本当に守られているかどうか。
 人権は、ちつとも守られてはいない。

 国民の生きる権利……おばあさんが、誰もたすけてくれる者がいないので、年末に首をつった…というような悲惨な例が沢山でています。
 憲法に規定されている生きる権利が守られていない。
 知事や町村長の行きとどかないこともあって、われわれも反省しているけれども、これは、国全体として生きる権利を保障していかなければならない。


 生きる権利を保障している社会の労働条件だといえるだろうか

 東北の出かせぎの問題ひとつとっても、父親が東京に出ていったままで生死もわからない……こんなことで、生きる権利を保障している社会の労働条件だといえるだろうか。
 働く権利も、もちろん憲法は保障してるんです。
 しかし街には失業者があふれている一方で、仕事は多い、金はもうかるというのに。
 週休二日制なんていうが、じつにうまい手ですよ、あれは。
 休んでどうするのか。
 行くところもなく、何ができますか金がなくては、レジャーもない。

 結局、昼めし抜いて、うちの三畳の間で大の字になって寝ている程度でしょう。

 いかにも良くきこえるけれど
    ウラがある  それを見抜かなきゃ

 週休二日制なんていうと、いかにも良くきこえるけれど、彼らには、ちゃんとウラがあるんだ。
それを見抜かなきゃいけない。

 やすやすと休んでも、行くところがない。
 京都あたりは、鴨川べりを全部公園にしてますから、歩くのもいい。
 入場無料です。
 でも北海道や九州から来てもらうわけにもいきませんね。


   一番大事な学ぶ権利もうばわれている

 働く権利も、それから一番大事な学ぶ権利もうばわれているんです。
 

  幼稚園に入りたくても入れない。
 早朝3時からならんで順番をまってる。
 「あのおばあさんはくじ運が強いから並んでもらおう」
ってんで、よそのおばあちゃんに日当だして頼んでくるような状態です。
 そんなにクジに強いんなら、競輪に,でもいった方がいいと思うんだが、


    好きになる日がくるんだから
      そん時に

 高校の入学も同じですね。

 高校は中学のまったくの延長であるのに。

 六・三・三制だってので、ずっとやってきたのに、急に学校の先生が変って、どうも子どもたちは落ちついていられなくなる。
 で、なるべくならスポーツなどやって避けようとするが、それもできない。

 私あ、絵でも踊りでも、何でも好きなことをやらせろというんです。
 無理して数学なんか、やらないでいいですよ。
 好きになる日がくるんだから、そん時にやったらいいんです。


 できるだけ その子に適応したものをのばしていく

 70歳からやったって、ちつとも遅くはない。
 人間を養うためにやるんだから。
 できるだけ、その子に適応したものをのばしていくべきです。


 今ごろ私など徒然草や方丈記なんて京都で読むと、意味ありますけどね、あれを「大学の試験に出るから」ってんでやった、って意味ないと思う。

 何の役にも立ちやしない。
 鴨長明は、自分がこんなことに使われようとは、夢にも思わなかったろうと思うんです。
 こんな状態で、子どもたちの学ぶ権利が失われています。



    「十五の春は泣かせまい」というスローガンをつくって

 私は、「十五の春は泣かせまい」というスローガンをつくって、「入れるだけ入れてくれ」と校長や先生方に頼んでまわったんです。
 何分ご迷惑だけど、だって可哀そうちゃないか、それに憲法の精神にも反するからってね。
 だからこの頃は全入、たいてい入れるときいています。


0 件のコメント: