2012年6月11日月曜日

社会も大学 大学にいきたい人は自由にいけるよう にすることが必要  1973年京都府知事蜷川虎三氏「憲法・地方自治・教育」講演全文(5)


教育としてのろう教育・聴覚障害児教育・障害児教育
ー京都のほどんど知られていない障害児教育から学ぶ教育ー

日本で創造された共同教育 インテグレーション・メインストリーミング・インクルージョン ましてや特別支援教育ではなく(7)
   ※ 読みやすくするために「小見出し」をつけました。

         教育には教育委員会があるってことを知らないんだと

ところがこんどは、大学に入れない。
「京都の子どもは、どうも出来が悪い」
って選挙のときにも、ずい分言われました。

「知事が悪いからだ」
って。
この先生は、地方には警察に公安委員会があり、教育には教育委員会があるってことを知らないんだと思う。

  教育委員は選挙で選ばれたのを国が知事の任命にした

子どもたちのことを教育委員会が、ちやんと考えるために、委員は選挙制だったんです。
それを国の一方的なやり方で、知事の任命制にしたんです。

われわれの場合は、われわれと気もちのあう者を頼んできているんだから、これは問題ないんだが。
よその府県だと大変困るんです。
革新自治体が確立してたら任命制でもいいけれども、今のようでは働けないのです。

「予算はないよ」
       でおしまいです

かりに教育委員会が

「高校をもう少し増やしましょうか」

なんていっても、

「予算はないよ」

でおしまいです。

財政課長あたりで切られて、知事のところへなど来やしない。
このようなやり方では、学ぶ権利なんて保障はされていないんです。

大学もそうだと思う。
大学には大学の専門家がいるんだから、現在に向き、また将来の人材を養うような大学の組織、運営の方向を考えるべきです。
それを、文部省は、筑波大学構想なんて言い出す。
筑波なんてとこは、あれは、ガマの油を作るところなんです。これだけ見ても、インチキだってことが、よくわかるんです。

京都府が誇る大学をつくったら、それを全国に解放するのが本旨

私が知事になったとき、驚いたことがあります。
私の方の府立の大学が二つあります。
医科大学と一般の大学とです。

ところが学長も、病院長も私のところへ一度も来もしないし、注文にも来ない。
「あなた方、 へんだぞ」
ってきいたら「財政課長に言ってる」という。

権威のある大学の学長や病院長が、学校でて十年もたたないような財政課長をあいてにしていても話にならない。
私あ、びっくりして昭和25年からは、学長や病院長とは私がおあい手することにしたんです。
知事がおあいして意見もきき、注文もつける。
それではじめて、大学ってものは伸びてゆくんです。

京都の医科大学は、今年で創立百年になります。
一部の人は
「京都府立医科大学だったら京都の子どもを入れろ。他県の者は入れるな」
というのもいます。

しかし、そんな馬鹿なことはない。

京都府が誇る大学をつくったら、それを全国に解放して、希望者に来ていただくのが本旨だと思う。

 大学は   自由に選択できるようになるといい

しかし、何も大学へ入るばかりが能じゃないと思う。
社会も大学なんです。
ただ大学にいきたい人は自由にいけるようにすることが必要なんだ。
ところが日本では公立、官立、私立と縄張りがひどい。

「あそこには良い先生がいるから、あそこの大学で行政法の講議を、憲法を……」

って具合いに、自由に選択できるようになるといいんです。
ただ大学が、そこまで自信をもたないんじゃないかと思いますが。

それは、これからの問題です。



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