2012年6月22日金曜日

力を合わせて真に子どものしあわせになるように  1973年 京都府知事蜷川虎三氏「憲法・地方自治・教育」講演全文(12)


教育としてのろう教育・聴覚障害児教育・障害児教育
ー京都のほどんど知られていない障害児教育から学ぶ教育ー


日本で創造された共同教育 インテグレーション・メインストリーミング・インクルージョン ましてや特別支援教育ではなく(14)
   ※ 読みやすくするために「小見出し」をつけました。

                      歴史の歯車を前進せしめるものが

 最後に、われわれにとって、何が革新であるか、ということを申しあげる必要
があると思います。


 私たちのまわりの現状は、むしろ憲法の道に逆行していることが多いのですが、われわれは、歴史が必然的に示すその方向を、よく認識して、歴史の歯車を前進せしめるものが真の革新であると思います。


 現代に生きる私たちの義務は
  教育が真に子どものしあわせになるよう力を合わせること

 その歯車は何がといえば、それは社会の生産関係である。それを歴史の前進方向に向ってすすめるってζとです。

 保守的な人ぴとも、それなりに、この歯車をとらえ、利用したりもしますけれど、しかし彼らは、それを歴史の必然的な方向へ発展させることはできないで、矛盾を一層激化させます。

 
 その意味で、保守と革新は、テーゼであり、アソチ・テーゼです。
 対立物であり、この対立を止揚するところに、日本の政治の道があるんです。

 教育が、真に子どものしあわせになり、革新的な地方自治が確立し、推進できるよう力をあわせ努力することこそが、現代に生きる私たちの義務であると思います。

 ありがとうごぎいました。


  びっくり仰天した京都府下の校長たち

 1973年 京都府知事蜷川虎三氏「憲法・地方自治・教育」講演全文を12回、掲載してきた。
 あえて、全文を掲載したのは、蜷川知事が学校長の集まりで「数学の先生が六角形に見えるような学校ではなく、朝起きたらいそいそとね愛人に会いに行くような学校にしたら」と提起した真意は、学校に行くと愛する人々と会えるだからいそいそと学校に行けるという比喩で言った言葉だった。
 当時、この講演を聞いた京都から参加した教師は、学校が楽しくてしかたがないという学校づくりにしていかなければ、と受けとめた。

   愛人が恋人という ことばにすり替えられたが

 だが、愛人ということばの意味は適切でないとして

「恋人に会いに行くようないそいそと行ける学校に」

と蜷川知事の言った言葉を書き替えた教師が少なくなかった。

 そのため、今でもそのように思い込んで多くのところで書かれている。

 しかし、愛人と恋人ではまったく別の意味になる。

 京都府下の学校長が居並ぶ前で蜷川知事が、「愛人に会いに行くように」と言ったことを聞いて頭の固い校長たちはびっくりして飛び上がったと聞いている。
 だが、真意を理解出来ていなかったのである。

              具体的に裏打ちされた多岐にわたる話

  このように蜷川知事は、物事の本質をずばり、言う部分と比喩的に言っている部分とが数多くある。

 知事の仕事は峠の雑貨屋、暮らしの3っつの基本、学ぶこと、地方自治のとは、などなど多岐にわたって話をしているが、そのひとつひとつは、さらに具体的に裏打ちされたものであり、単なる思いつきではない。
 例えば、すでに述べてきた

「2011年12月6日火曜日 教え合い、学び合い、助け合う集いは、不可能を可能にする」

のろうあ者成人講座は、講演の中で「私あ、絵でも踊りでも、何でも好きなことをやらせろというんです。無理して数学なんか、やらないでいいですよ。好きになる日がくるんだから、そん時にやったらいいんです。70歳からやったって、ちつとも遅くはない。人間を養うためにやるんだから。できるだけ、その子に適応したものをのばしていくべきです。」という考えの具体的現れであった。

 だから、なにを学びたいかということが徹底的に尊重されたのである。

 さらに「インテグレーション・メインストリーミング・インクルージョン ましてや特別支援教育」ではない方向がきちんと説明されている。
 


 講演中にどこにそのようなことが話されたのかと思う人もいるかもしてないが、すでに「インテグレーション・メインストリーミング・インクルージョン ましてや特別支援教育」ではない教育の方向が示唆されていたのである。

 このことについては順次説明して行きたい





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