2011年10月9日日曜日

寝たきりになった薬学研究者との出会いは


Once upon a time 1971

 ある日のこと。
 奥さんに背負われて障害者のAさんが申請に来た。
 障害者日常用具給付の、風呂の改善申し込みだった。

 この申込用紙は非常に手間のかかる記入方法で、いつも説明に苦労をしていた。
 


奥さんに背負われて帰った申請書の完璧さ

 しかし、Aさんは申請用紙を一目見るなりサッーと書き上げられた。
 完璧な記入。
 しかも達筆。
 後にも先にもこのような申請書を書いた人とは出会わなかった。
 筆跡をみていると文章の書き慣れた人だとも分かった。
 呆然とする私に、「これでいいですか」と質問。「は、はい」と答えるとすぐに奥さんに背負われて帰られた。


ことばは丁寧でも人間としての心が交差する福祉事務所に

 福祉事務所と言っても当時は、カウンターは高いし、事務所にやってくるのに階段の上り下りはしなければならないし、一切の配慮はなかった。
 今は改善されているが、もっと来やすく、EU諸国のように落ち着いた雰囲気にしなければならないと思うが、「やってやるんだ」という姿勢が福祉事務所の雰囲気や構造にもありありと現れていた。
 なぜもっと受付カウンターが広く、のびのび、こころ安らぐものとならないのかと今も思う。
 たしかに、
言葉は、ファーストフード店のように使われているが、それに反してひどい福祉手続きを時には笑みも交えて平然として説明する職員を見ると、心が通じていないようにも思えてくる。

身体の周りに専門書が積まれてペンを走らせる姿に

 給付が決まって、その書類をAさんの家に届けることになった。電話連絡をすると「いつでも、どうぞ」とAさんからの返事。
 家を探して、やっとついてドアーから声を掛けると「どうぞ」との返事。

 玄関に立っていると、「あがってこちらへどうぞ」と奥の部屋から声がした。
 遠慮しつつも玄関からあがって襖を開けると、庭に面した部屋にAさんがうつぶせになってなか書いていた。
 「こっちへ」と言われるままに、Aさんが書いている原稿横に座った。

 その日は、ぽかぽかした陽射しが部屋に舞い降りて心地よかった。
 Aさんの身体の周辺には、洋書がぐるりと取り巻き、本棚には医学関係の内外の本が並べ立ててあった。

万年筆の描いたものが
 「突然、すみません。承認がおりましたので」と言いながら、ふとAさんの原稿用紙を見ると幾何学模様と言っていいぐらいの化学式が書かれていた。
 「ちょっと待ってくださいね。」
と言いつつAさんは、万年筆を走らせていたがその素早いこと。
 書くことが頭の中に一杯であることはすぐ分かった。
  すごい集中力。文字を書き綴る速さ。圧倒されて声も出なかった。
 「どうも、どうも」

とAさんが言われて万年筆を置かれた時、時間はかなり経っていた。
 「家内は仕事で、身体がこういうようになったので臨床は出来ないので、新しい角度から…」

と言われていることは分かるが、専門用語が次から次へと飛び出してきて理解出来なかった。
新しい薬学研究の分野を切り拓く
 そこで、
「どんな研究されているんですか。」
と聞くと
「まあ薬学かなぁ」「でも、これまでと違う新しい分野の薬学研究の分野を考えてきているんです。」とめがねの奥の瞳が優しく輝いていた。
  「薬学ですか。」

 「そう。でもこれまでの薬学はあまりにも問題が多い。」
とAさんは、戦後の薬害問題のいくつかを簡単に説明してくれた。
 その薬害の話は知っていたが、Aさんの捉え方は私の知らないことばかりだった。

 いや、知らされていなかったことばかり、と言ったほうが正確だったかも知れない。



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