2011年10月28日金曜日

「自立」出来るか、出来ないか、分類される子どもの特別支援教育の方向


西氏は、さらに次のように論じている。

 特別支援というとき、「支援」からはたしかに主体が子どもにあることが想起できるのであるが、これだけでは子どもがどの方向に進もうとするのかが曖昧になる。
 そして、先にみたように、最近では「自立」がその目指す方向として強く打ち出されているのである。したがって、「自立」について明確な規定が求められるのであるが、現状として感じるのは「自立」を職業的社会的自立と捉える傾向が一般的となっている。
 であるならば、障害の極めて重い障害者はそのような自立は見込めないため、その存在意義はどうなるのかといった問題も出てくる。
 さらに、その「自立」は健常児の教育においても同様に高く掲げられている目的であるのかどうか。


「職業的社会的自立可能の子ども」の「特別支援」
「職業的社会的自立」出来ないと見なされた子どもたちは

 そのように考えると、「自立」は、障害者と健常者の共通性よりも異質性を際立たせる内容といわざるを得ない。
 そのことは、同時に、「支援」というとき、むしろ障害に着目し、障害から教育内容や方法を導き出そうとする傾向が強くなることも示しているのであり、それを実感する場面も多く経験しているところである。
 本来的には教育に携わる者として、どのような人間に育てようとするのかその方向性を確固として堅持しておかなければならないものであるが、それよりも障害から教育課題を導き出す傾向が強いと言えよう。


と、西氏は、教育目標や教育から「特別支援」を考え、さらに「自立」との関係で、「支援」が関わってくることを鋭く分析している。

 河野勝行氏は、WHOの新「国際障害分類」(『ICIDH-2』ですでに研究・分析している
 このことについては、河野勝行氏が、WHOの新「国際障害分類」(『ICIDH-2』ならびに『ICF』)を読む―先学に導びかれての学習ノート(文理閣:2002年8月)で詳しく分析している。

学校で日常的に「ADHD」のことばが行き交う

 次に西氏は、「障害の定義と診断」について論じているが、彼が文部科学省等の通達等の引用している部分は、省略して述べる。
 西氏は、

 すでにみたように、特殊教育から特別支援教育への転換をもたらす契機の一つに、LDやADHDへの対応があった。
 実際、「ADHD」は、学校現場ではごく日常的にこのことばが行き交うほどに急速に普及した用語である。
 そして学校において、多動であったり落ち着きがなかったり、あるいはまた行動が粗暴であったりすると、この子どもはADHDではなかろうかと考え、保護者に医療機関の受診を勧め、そして、ADHDなどの診断名がつくとむしろ「やはり…」と納得する、今やそのような例は珍しくない。


学校の状況を把握している西氏
  教師の実態と意見を無視する窪島氏

 学校の状況を把握している。この点でも、教師が、そのような子どもを放置している、人権蹂躙しているとする窪島氏と対照的な論述をしている。

 西氏は、

 時折、障害児学校の教員から、小・中学校の教員は障害児学校についての理解が乏しいとする批判も聞くが、今後はそれは障害児学校側の努力不足によるのであるという点にむしろ重きが置かれることになる。
 また、具体的な授業場面では、一対一かあるいはそれに類似する手厚い教員組織の障害児学校で長年過ごした教員が、一人の担任が複数の障害児と向き合う障害児学級の担任に、あるいは通常学級の担任にいかなる「支援」をおこなうのか。こうした課題がまもなく現実のものとなろうとしているのであるが

と指摘していることはすべに述べた。
 だが、窪島氏は、西氏氏の指摘とは真逆に「一対一か」「あるいはそれに類似する手厚い」対応で接した子どもへの「支援」から「通常学級の担任」に「支援」をおこなうのではない。
 「通常学級の担任」に対する「批判」を行っているところに窪島氏の特徴があり、教育の現場や教師をより深刻に追い込んでいる。
 この点では、窪島氏の「考え」には一貫性が見られる。


発達障害の概念規定に疑問を発した教師の意見を否定

 かって、窪島氏に文部科学省の打ち出してきた「発達障害」の概念に、
「極めて不正確ところがあり、教育をすすめる教師としてはこのような規定の仕方では混乱が生じる。」
という意見を出した教師に
「そんなことはない。文部科学省の概念規定は極めて正確で、LDやADHDの区分は明確である。」
と述べた。
 だが、質問した教師は、
「LDやADHDの生徒を教室や学校で教育することを考えると、文部科学省の規定では区別出来ない。文部科学省の文章を読んでもLDやADHDの生徒の状態が、重なり合っている部分も多く、現実に生徒と接していて、文部科学省の区別とは違う状況がある。」
と言ったところ、窪島氏は、
「そんなことはない。きちんと区別されている。かってないほど文部科学省は適切な規定を出している。」
と言いきり、その教師と決別状況になった。


 そのことを想起して、西氏の論述を読み進めていきたい。


 

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