2011年10月31日月曜日

滋賀大学教育学部窪島務氏の一面的外国例 佐賀大学理工学部教授豊島耕氏の紹介の仕方はまったく異なる


フランス『未来の教育のための提言』
 フランス版中教審と読み比べる

 窪島氏が良く引き合いに出す外国例に対して、豊島氏の紹介の仕方はまったく異なる。
 以下、窪島氏の漢字やカタカナなどの文字表記認識の対処法と教育に関わる際だった文章なので一部紹介させていただく。
 
 豊島氏は、文部省などのすすめる「中教審」に対して、「フランス版中教審と読み比べることをお奨めします。」と書かれている。
 そこで、岩波書店の雑誌「世界」1988年3月号に掲載された、フランス共和国大統領の要請に基づき、コレージュ・ド・フランス教授団により作成された『未来の教育のための提言』のうちの一部を紹介させていただく。

『未来の教育のための提言』には、

 恵まれない人たちにこそ教育の良い条件が与えられるようなあらゆる適切な措置こそが取られるべきであり、そうした人たちを最悪の条件のなかに置くような事態を招くやり方(たとえば新参の教師や、十分な養成を受けず、給料も安く、授業を過度に多く持たされた代用教員たちに、困難の多い学級を担当させるといったあの奇妙な論理)には、正面から反対しなければならないのである。

心理学的な治療によって
奇蹟のように学業の挫折を解消してしまうことは
   期待すべくもない

 じっさい、ある種の社会心理学的な治療によって、奇蹟のように学業の挫折を解消してしまうなどということは期待すべくもないことは明らかであり、教師の数を増やし、その養成と労働の諸条件を改善することによってのみ、落ちこぼれを減少させることを現実に望みうるのである。
 じじつ、フランスの教育が、とくに高等教育のレヴェルにおいて、図書館施設(その甚だしい不十分さについてはここで繰り返さないが)、教科書、参考書、質の高いテクスト集、学術翻訳書、データバンクなど、知的生活の基礎をなす固有の施設設備面における極端な不備に悩んでいることはよく知られていることである。


学校長や職員会議に今より大きな学校自治を

 それは、どこにでも要求される基礎知識と平行して、選択科目として専門教育を行う学校を創設するというもので、それらの科目はその学校の特色をなし、他校との競争においてセールスポイントのひとつとなる。
 こうした試みは、学校長や職員会議が教師の採用に関しては、今より大きな自治を持つことを前提とするものである。
 そこには、純粋に教育学的な基準を含む多様な評価基準の導入や、このようにして計られた教師達の特徴点と担当するポストの性格との関係の考慮などが含まれるからである。


「学校」は教育の唯一の場であるべきでない

 「学校」は教育の唯一の場であることは出来ないし、そうであるべきでない。
 「学校」は、また、

 すべてを教えることはできないし、すべてを教えるべきでもない。

 知識の伝達は、
 事実においても、権利においても、
 ただひとつの制度によって独占されうるものではなく、
 さまざまな互いに補完しあう教育の場のネットワークが考慮に入れられねばならない。
 

「学校」の固有な役割がそのなかで位置づけられるべきである。

教員の仕事を心理的技術的摩滅から守るためにと
  フランス『未来の教育のための提言』

 教員の仕事は、困難で、ときには辛く消耗する仕事であり、情熱と信念を持って実行されぬ限り、真に効果的で精神を高揚させるようなものでありえない。
 どんな教育レヴェルの教師も、学校の閉ざされた空間の外へ出、研究所や企業などで研修を受けたり、休暇年を利用して、個人的な学習や授業に出席して勉強しなおすなどして、定期的に習慣性[ルーティン]から抜け出すことができぬかぎり、心理的、技術的摩滅から逃れることはできない。
 そして、おそらくは、年配の教師の希望者には、希望と適性に応じて、行政的仕事や、(チューターや巡回指導員の活動といった)文化組織の仕事のような、あまり激務でない仕事でそのキャリアをまっとうする可能性をあたえることも必要である。


教育の内容 ・ 教授法を教師達に
固有の強い権限が与えられることは最良の保証となる

 教育の内容に関しても、また、教授法についても、教師達にたいして、固有の強い権限が与えられていることが、おそらく、あらゆる圧力団体から「学校」の自治と教師たちの独立をまもる、唯一ではないにせよ最良の保証となるのである。

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