2011年10月18日火曜日

つかの間の市長になったきいちゃんに想いは届いていたのだろうか


Once upon a time 1971

  福祉事務所で働いていると重度心身障害児・者の現状を目の当たりにしているだけともすれば、「施設には入れるだけでもましだ!」と思いがちになれる人が多い。
 ましてや教育なんて。
 いったいこれだけの重い障害のある子どもに何が出来るんだ。

 何か出来るとしても、そっとしておいてあげることが、重い障害がある子どもには幸せなんだ。
 就学猶予・免除制度が残されていた当時としては、教育分野から重度心身障害児のためのアプローチは私たちには届かなかった。
 た
とえ、あったとても福祉だけで手がいっぱいである、とみんなそういっただろうし、そう思わざるをえなかったし、そう思わさせられていた。

高すぎるベットの柵に入ったきいちゃん

 お母さんの泣き声ときいちゃんの歌が交差する車は、ともかく国立病院内の重症心身障害児施設(病院では病棟と言っていた。)に着いた。
 きいちゃんは、病院のストレッチャーに乗せられたけれど、きちゃんはとても小さく見えた。


 ♪ 粋な黒塀 見越しの松にあだな姿の洗い髪
   死んだはずだよ お富さん 生きていたとは
   お釈迦様でも 知らぬはずだよ お富さん ♪ 


が響く病院の通路を通って、きいちゃんは、たとえ立っても柵に届かないほどのベットに入れられた。
 お母さんの泣き声は一段と高くなったが、看護婦さんたちは淡々と仕事をしていた。


天井とベットの隙間

 この重症心身障害児施設(病院では病棟)の看護婦さんは、あまりの激務に次々とやめたり病気になりして慢性的な人手不足になっていることは新聞にしばしばのっていた。
 回りの子どもたちの様子を見るときいちゃんのほうが軽い障害かなぁ、と思える子どもも居た。
 呼吸をしているのか、こちらを見ているのか、ともかく、横と天井だけを向いたままの子どもが多いように見えた。
 それにしてもベッドの柵をあそこまで高くする必要があるのかなっ、と思えたが、人手不足の中、子どもの安全を考えてギリギリの状況だったのかも知れない。


不憫で、責任を感じて
  どうにもならないけれど、どうにかならないか

 お母さんからしたら、畳に横たわるきいちゃんが、柵にいれらた様に思えて、不憫で、責任を感じて、どうにもならないけれどどうにかならないか、と泣き続けていたようである。
 手続きがすみ、きいちゃんと別れたお母さんが、待っている市長公用車の所にやってきた。
 「すみません。」「本当にご迷惑をかけて」「すみません。」と繰り返し言うお母さんは、涙が涸れることはなかった。


 
こんな日こそ、市長専用の公用車ににってもらわんと、とみんな

 涙、涙の車中。「お母さん、またいつでも会えるから」と慰めの言葉をかけて、沈黙の時間が過ぎ去った。
 何度も頭を下げるお母さんと別れて、しばらくして、市長公用車を運転している担当者に聞いてみた。
 「今日は、他の公用車と違ってなぜ市長専用の公用車なんですか。」と。
 すると、

「配車係で相談したんや。」「こんな日こそ、市長専用の公用車に乗ってもらわんと、とみんな意見がまとまったんや。」「市長が乗るって言うたら、他の公用車乗ってもらったらいい。みんな意見は一緒やった。」
 笑みを浮かべて話す運転担当の声にほんの少し肩の荷が軽くなった気がした。

きいちゃんの消息を知るとは思いもしないで
 それから7年後。教師の仕事をしていた私に源さん(当時、京都府会議員杉本源一氏)が、
「これから、京都北部の奥丹(注:奥丹後地方、ほぼ現在の京丹後市)から、京都南部の障害児学校や障害児教育の実情と問題を知りたいから、君は教師としての眼からわしは議員の目から見て行きたいから一緒に来てくれないか。」

と言われた。
「え、奥丹まで行くの、京都全部と言ったら何ヶ月もかかるわ。奥丹行くなら東京のほうが近いわな。」
「君は、何を、何を言っているんや。京都は、奥丹から南山城村や。全部行かんと。」
「でも、休めるときに行くことになるから、長くかかるで。」
「かまわん。わしは府会議員になったときから、障害児教育や障害児者問題をずっと府議会本会議で取り上げてきた。わしを府会議員にしたのは、障害児のみんなやと忘れたことない。」
「でも、源さんは、左京区選出の府会議員やから地元のことを取り上げたらいいのと違うの。」「源さんは、議員としての仕事もあるし、泊まりがけでいけへんし、日帰りはかなりきついで。」
と苦し紛れに言うと、
「君は、何と言うこと言うんや。」

「府会議員は、京都府全体の議員をするのが仕事。地元のことばかりするのが府会議員の仕事やあらへん」

すごい調子で言われた勢いに負けて、源さんとの「行脚」がはじまったが、この時、きいちゃんの消息をすることになるとは、思いもしなかった。



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